吉田昌郎と伊崎利夫たちを苦しめた3つの厄災?映画『Fukushima 50』

映画『Fukushima 50』では、吉田昌郎(演:渡辺謙)や伊崎利夫(演:佐藤浩市)たちが、東日本大震災が起きても原発を制御しようと懸命になっていました。そんな二人に3つの厄災が及んでしまうので、詳しく紹介しましょう。

映画『Fukushima 50』のキャスト

映画『Fukushima 50』は、2020年3月6日に上映されました。

監督&脚本&原作

女優&男優

映画『Fukushima 50』のストーリー

大きな地震が福島へ襲いかかってきて、福島県にある原発は大きく揺れて、すぐに大事故にならないように処置をします。

これによって、無事に済むかと思っていたら、そこに経験した事のない大津波原発を襲ってきたのです!作業者たちは「津波だー!逃げろぉ」と叫びますが、またたくまに津波原発を飲み込んでいったのです。

非常用電源が止まってしまい、Station BlackOut(ステーション・ブラックアウト)となってしまいました。このままでは水が干上がってしまって、熱により原子炉格納容器が溶け出してメルトダウンする危険性がありました。

もはや放射性物質を含む気体の一部を、外部に排出をするしかないと覚悟を決めますが、それはベントと言われるもので、世界初となる方法でした。

1号機のベントは成功しますが、地震から24時間経過した時、ついに1号機で大爆発!

吉田所長は、官邸や本部の命令を無視して、海水を注入していきますが、3号機も爆発。

このままでは2号機の爆発も時間の問題となり、そうなれば、新潟市仙台市はおろか、首都圏まで被害は拡大して、避難対象者は5000万となり、東日本は壊滅してしまいます。はたして、日本はどうなってしまうのでしょうか?

吉田昌郎と伊崎利夫たちを苦しめた3つの厄災』

吉田昌郎と伊崎利夫たちは、官邸や東電本部によって3つの厄災に苦しめられました。

  1. 東電本部が違う種類のバッテリーを送ってきて、電源の復旧が遅れてしまう
  2. 現場が大変な時に、総理大臣がやってきて、その対応をするハメになって大混乱
  3. 海水の注入をしようとしたら、官邸が「不順物質が混ざった物を入れたら再臨界を起こす」と反対して本部と対立

私は、東日本大震災が起きた時に、福島の原発がどうなるのか?TVのニュースに注視していました。なぜなら、歴史番組や歴史映画が好きなので、原発で事故が起きたら、どうなってしまうのか?よく分かっていたからです。

当時は、菅総理が現場へ乗り込んで混乱させてしまったとありますが、現場はともかくとして、東電本部は無責任な人間が多いのはよく知っています。

私は、新潟県柏崎市出身なので、原発と隣り合わせで生きていた事があったので、東電がいかに無責任な方法で原発を運営していたのか身にしてみて分かっていました。

今となっては、あれこれと言えますが、少なくとも東日本を壊滅せずに済んだので、東電の現場や自衛隊の方たちには、本当によく命をかけてくれたと感謝の念しか起きません。

映画『Fukushima 50』が見られる動画配信

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映画『Fukushima 50』と他の作品を比較

東日本大震災をテーマにした映画は『Fukushima 50』だけではなく『浅田家!』というものもあります。

『浅田家!』は、地震によって多くの家族を失った遺族が、せめて思い出のある写真を再び手に入れたいと思っていました。そこで、写真家の浅田政志(演:二宮和也)が思い出のある写真を集めて綺麗にしていく物語です。

家族愛が、地震にも負けないストーリーになっていて、色々と考えさせられる映画です。しかし、当時の被害がいかに甚大であったか?いかに多くの人々が原発を制御するために命をかけていたのか?

それが分かるのは『Fukushima 50』なので、福島で何が起きていたのか?それを知りたい方には『Fukushima 50』のほうがオススメです。

www.akira-movies-drama.com

映画『Fukushima 50』のまとめ

東日本大震災では、津波による被害が全国に知れ渡っていましたが、福島原発の現場では何が起きていたのか?あまり全国に伝わっていませんでした。

それが、この映画では克明に描かれていて、原発の被害があれで済んだ事がいかに奇跡な事であったか?よく分かる内容になっていますね。

自分の故郷にも、東電の原発があって、東電が無責任な方法で運営をしていて、中越沖大地震の時でも良い加減な対応をしていたので、東電にはあまり良い考えを持っていませんでした。

しかし、この当時、福島の原発で命をかけてくれていた東電の社員の皆さんや、自衛隊の方たちには、もう一度だけ書きますが感謝の念しかありません。