前田利家が徳川家康と勝負をしたのは見せかけ?大河ドラマ『葵 徳川三代 第2回』

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出典:大河ドラマ「葵 徳川三代」 | NHKドラマ

大河ドラマ『葵 徳川三代 第2回 秀吉の遺言』では、前田利家徳川家康に勝負をしかけたかに見えましたが、それは見せかけに過ぎなかったので詳しく解説しましょう。

ドラマ『葵 徳川三代 第2回』のキャスト 

大河ドラマ『葵 徳川三代』は、2000年1月9日〜2000年12月17日に放送されました。

脚本&演出

女優&男優

大河ドラマ『葵 徳川三代』に登場する人物たちです。

徳川家
豊臣家

ドラマ『葵 徳川三代』の全話のストーリー

 

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ドラマ『葵 徳川三代 第2回』のストーリー

関ヶ原が行われるよりも時はさかのぼり、慶長3年8月19日伏見城では、石田三成淀君豊臣秀頼に謁見しますが「太閤様は薨去されましたが、朝鮮の戦の事があるので、しばらくは太閤様が亡くなられた事は伏せなければなりません」と頭を下げます。

しかし、淀君としては徳川家康が今後も豊臣家に忠義を尽くすのか心配でなりませんでした。

徳川家康も太閤が薨去した事を知らされますが、高台院に接近して「まんかか様(高台院)は正室なので、淀の方様より、まんかか様が豊臣家を動かすのです」

その裏で、徳川家康は息子の秀忠に「すぐに江戸へ出立して戦の準備をせよ」と命じて、各大名と縁談を進めてしまいました。かつて、太閤秀吉は大名同士で勝手に婚儀を進める事は禁じていたのです。

石田三成は、他の四大老前田利家上杉景勝毛利輝元宇喜多秀家)に「家康は謀反を企んでいます。今こそ討つべきです」と勧めるので、前田利家は「石を投げてみるか」。

前田利家は多くの大名を呼び寄せますが、徳川家康のもとには福島正則黒田長政などの百戦錬磨の猛将たちがかけつけていました。太閤が亡くなって間もないというのに、前田と徳川の間で戦が起きようとしますが、どうなってしまうのでしょうか?

前田利家徳川家康と勝負をしたのは見せかけ?』

前田利家は、石田三成の勧めに耳を貸して、徳川家康に勝負をしかけたかに見えました。しかし、その後にアッサリと手を引いて、和解する事になります。

これは最初から勝負する気はなくて、自分たちが兵を集めたら、徳川に味方をする大名がどのぐらいまでいるのか見極めるために勝負をする素振りをしただけでしょう。

前田利家は、石田三成を毛嫌いする大名たちは徳川家康の味方をするだろうと察知していたフシがあり、その通りになったので、ここは戦をするべきではないと判断しました。

そのため、前田利家徳川家康に勝負をしたのは見せかけだったと言えます。

ドラマ『葵 徳川三代 第2回』のまとめ

第1回では関ヶ原が行われましたが、まさか2回で時をさかのぼって秀吉が亡くなる所から始まるとは意表をつかれてしまいました。

それにしても、太閤秀吉が亡くなってから、徳川家康は息子をすぐに江戸へ出立させたり、各大名と婚儀を勧めたりして、その速さには驚くばかりです。

いかに太閤秀吉が亡くなる事を待ち望んでいたのか?よく分かりますね。豊臣家の不幸は、豊臣秀長豊臣秀次が早く亡くなっている事であり、石田三成に人望が無かった事ですね。

もはや太閤秀吉が亡くなった時に、豊臣家の命運は尽きてしまったと言えるでしょう。

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