松平忠吉が徳川秀忠をさしおいて総大将になった理由とは?大河ドラマ『葵 徳川三代 第8回』

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出典:大河ドラマ「葵 徳川三代」 | NHKドラマ

大河ドラマ『葵 徳川三代 第8回 多数派工作』では、松平忠吉徳川秀忠をさしおいて総大将になってしまいますが、それには徳川家康の深謀遠慮があったので、その理由について紹介しましょう。

ドラマ『葵 徳川三代 第8回』のキャスト 

大河ドラマ『葵 徳川三代』は、2000年1月9日〜2000年12月17日に放送されました。

脚本&演出

女優&男優

大河ドラマ『葵 徳川三代』に登場する人物たちです。

徳川家
豊臣家

ドラマ『葵 徳川三代 第8回』のストーリー

徳川家康は、小山に着陣したので、徳川秀忠たちと今後について話し合いますが、石田三成が多くの大名たちに参戦するように手紙を送っていた可能性がありました。

そのため、福島正則たちにも誘いの手紙が送られている可能性があり、味方の軍勢が減る可能性があったのです。徳川家康は、黒田長政を使って、なんとか福島正則を味方に引き入れる事に成功します。

そして、小山で軍議を開いたら、福島正則黒田長政たちが参戦する事を約束しますが、山内一豊が「私の掛川城を明け渡し申す」と約束して、多くの大名たちも山内一豊を習って、自分の白を徳川家康に明け渡し申すと言い始めました。

徳川家康は「ただちに、軍勢を引き連れて上方へいかれよ」と命じます。夜中になり、密かに細川忠興を呼び、細川ガラシャが命を落とした事を伝えて、細川家の武士たちは「おのれ三成!」と激怒してしまいます。

真田昌幸は、父や弟が西軍に走ってしまっても、徳川家康に「自分だけでも、徳川家康様に従います」と約束して「そうか……昌幸は息子と戦うのか」と神妙になってしまうのです。

徳川家康は、三奉行も石田三成についてしまった事が分かり、淀君を取り込んだのではないかと懸念しますが、上方の戦況はどうなるのでしょうか?

松平忠吉徳川秀忠をさしおいて総大将になった理由』

徳川家康は、福島正則黒田長政たちに尾張へ出陣させて、石田三成と戦うように命じます。しかし、その総大将は世継ぎの徳川秀忠ではなく、その弟の松平忠吉でした。

なぜ、世継ぎをさしおいて、松平忠吉に総大将を命じたのかと言えば、参戦していた多くの大名たちが、豊臣子飼いの大名だったからです。

もしも、途中で福島正則たちが豊臣家に寝返ってしまえば、総大将の命は危ういものとなってしまいます。そこで、徳川家康は万が一の事を考えて、世継ぎの徳川秀忠ではなく、その弟の松平忠吉を総大将に命じた訳です。

ドラマ『葵 徳川三代』の全話のストーリー

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ドラマ『葵 徳川三代 第8回』のまとめ

第8回では、松平忠吉徳川秀忠をさしおいて、総大将に命じられますが、ここでも徳川家康の深謀遠慮がありましたね。

恐らく、織田信長が本能寺で討たれた時に、世継ぎの織田信忠まで失った事で織田家が衰退したのが、大きな教訓になっていたのでしょう。

いよいよ、関ヶ原の合戦が近づいてきましたが、徳川家康石田三成の謀略戦がどのような展開になっていくのか?興味津々です。

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