小早川秀秋(鈴木一真)が池田輝政から言われた嫌味を紹介!大河ドラマ『葵 徳川三代 第12回』

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出典:大河ドラマ「葵 徳川三代」 | NHKドラマ

大河ドラマ『葵 徳川三代 第12回』では、小早川秀秋鈴木一真)が、池田輝政から嫌味を言われてしまうので、詳しく紹介しましょう。

ドラマ『葵 徳川三代 第回』のキャスト 

大河ドラマ『葵 徳川三代』は、2000年1月9日〜2000年12月17日に放送されました。

脚本&演出

女優&男優

大河ドラマ『葵 徳川三代』に登場する人物たちです。

徳川家
豊臣家

ドラマ『葵 徳川三代 第12回』のストーリー

いつまでも、東軍の小早川秀秋は動こうとしないので、徳川家康は「小早川に大筒を打ち込め!出馬の催促じゃ」と驚天動地の命令を下します。

小早川秀秋は、徳川家康の大筒に恐れを成して「皆の者、よく聞け。我が敵は大谷吉継なり」と軍を動かします。本多正純は「殿!」と知らせてきて、徳川家康から「こわっぱか?」と言われて「山が動きました」と進言。

徳川家康が高笑いする中で、大谷吉継は小早川隊の裏切りを知り「おのれぇ」と軍の向きを変えて応戦。石田三成は「小早川、気は確かか!」と驚きますが、西軍は裏切り者が続出していきます。

大谷隊は壊滅して、大谷吉継は「憎っくきは小早川秀秋、三年の間に祟りを成してくれん」と自害して果てました。宇喜多勢は総崩れとなり、石田三成佐和山城を目指して退却していきました。

関ヶ原の合戦が終わったかに見えましたが、何と!島津隊が怒涛の敵中突破をしかけてきて、井伊直政が負傷!続いて松平忠吉も銃弾に撃たれてしまいます。

関ヶ原の合戦は終わり、徳川家康の命により、西軍から東軍に寝返った諸将たちが佐和山城を陥落させました。はたして、石田三成はどうなってしまうのでしょうか?

小早川秀秋鈴木一真)が池田輝政から言われた嫌味』

関ヶ原の合戦が終わり、徳川家康小早川秀秋に「明朝、関ヶ原を出立して、佐和山を落とすべし」と言うと、小早川秀秋は「承知」と答えて、裏切った者たちが次々に「されば、我らも」と言い始めます。

徳川家康は「あい分かった」と満足感に浸ったら、池田輝政は「なるほど。豆を煮るには、豆殻を持ってすべしか」と嫌味を言って、諸将は「わははは」と笑い始めてしまうのです。

まさに、裏切り者の報いというべき所なので、やむを得ない所でしょう。しかし、小早川秀秋の報いは、まだ始まったばかりで、これからは大谷吉継の呪いに苦しめられる事になり、わずか2年後に病死してしまいます。

まさに、大谷吉継の「3年の間に祟りを成さん」は実現したと言えるでしょう。

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ドラマ『葵 徳川三代』の全話のストーリー

www.akira-movies-drama.com 

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ドラマ『葵 徳川三代 第12回』のまとめ

第12回では、大谷吉継の有名な「3年の間に祟りを成さん」が聞けて良かったですね。そして、池田輝政小早川秀秋に嫌味を言ってしまいますが、織田信長重臣だった池田恒興の次男なので、豊臣の威光を歯牙にもかけていなかったのでしょう。

やはり、裏切り者はさげすまれる立場なので、嫌味を言われてしまう訳ですが、今後も長い間に渡って、さげすまれつづける一生を歩んでいったのでしょうね。