徳川家康が徳川秀忠に情けをかけた会話が泣ける!大河ドラマ『葵 徳川三代 第13回』

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出典:大河ドラマ「葵 徳川三代」 | NHKドラマ

大河ドラマ『葵 徳川三代 第13回』では、徳川家康が、息子の徳川秀忠に情けをかけた会話が泣けるものがあるので詳しく紹介しましょう。

ドラマ『葵 徳川三代 第13回』のキャスト 

大河ドラマ『葵 徳川三代』は、2000年1月9日〜2000年12月17日に放送されました。

脚本&演出

女優&男優

大河ドラマ『葵 徳川三代』に登場する人物たちです。

徳川家
豊臣家

ドラマ『葵 徳川三代 第13回』のストーリー

大阪城では、立花宗茂が「4万の軍勢が大阪城にあり、関ヶ原の西軍の武将たちも駆けつければ、10万を超え申す。ここで決戦するのみ」と主張していました。

しかし、毛利秀元は「宗茂殿は関ヶ原を知らん。次々に裏切り者が出てしまい、いつの間にか敵は3倍に膨れ上がってしまった」と反論してしまい、西軍の意見は割れてしまったのです。

毛利輝元は、所領安堵されると聞き、大阪城から素直に退去する事を決断します。その知らせは草津本陣に届きました。徳川家康は、毛利輝元大阪城から退去する事を知り上機嫌になりますが、そこへ徳川秀忠が着陣した知らせが届きます。

徳川家康は、天下を分けた合戦に遅参した徳川秀忠に対しての怒りが収まらず、本多正純に「顔も見とうないわ!」と怒鳴ってしまうのです。

しかし、多くの家臣たちのとりなしもあり、徳川秀忠の謁見を許して、遅参した事を水に流してあげます。

翌日、ついに石田三成が見つかり、黒田長政が憐れみ羽織をかけてあげるのです。徳川秀忠は「三成殿のご子息は仏門に入られたようだが、我らは仏門に入った者にまで手出しは致しませぬ」と言うので、石田三成は「かたじけない」と頭を下げるのです。

そして、ついに石田三成は処刑される事になり、これで豊臣家をさらに追い詰められる事になっていくのです!

徳川家康徳川秀忠に情けをかけた会話』

徳川家康は、本多正純に「追い返せ!顔も見とうないわ」と叫んでしまいますが、榊原康政もやってきて「徳川秀忠殿は切腹するとまで言っております」と食い下がってきました。しかし、徳川家康は「勝手に切腹せよ!」言い放ってしまいます。

それでも、榊原康政本多正純松平忠吉たちの必死のとなりなしに、徳川家康は叫ぶ事しか出来ませんでした。

徳川家康は、仕方なく徳川秀忠の謁見を許して「道中、難儀をしたらしいな?次の合戦では遅れるような事はしてならんぞ!」と言い渡して、徳川秀忠は「はい、はい。ありがとうございます」と、嬉しさのあまり、泣き崩れてしまうのです。

これには、榊原康政・大久保忠隣・本多正純松平忠吉たちは涙をこらえて、徳川家康の情けに感謝したのです。

徳川家康は、色々と言われる英雄ですが、基本的には情深い所があり、簡単には部下や身内を処刑する所がなくて、この辺りの会話は泣けるものがありますね。

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ドラマ『葵 徳川三代』の全話のストーリー

www.akira-movies-drama.com

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ドラマ『葵 徳川三代 第13回』のまとめ

第13回では、徳川秀忠が少し情けなく見えてしまいましたが、このあたりはまだまだ未熟な後継者という感じですね。

それでも、徳川家康が辛抱強く後継者を育てたと言えます。織田信長織田信忠を育てていましたが、明智光秀に討たれたのが織田家の命運を決してしまいました。

何はともあれ、石田三成上杉景勝毛利輝元が厳しく罰せられていくのに、豊臣家は知らん顔をしてしまうので、滅んでいっても仕方のない感じがします。まさに、因果応報とは、この事です。