徳川家康が秀忠に残した3つの遺言を紹介!大河ドラマ『葵 徳川三代 第21回』

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出典:大河ドラマ「葵 徳川三代」 | NHKドラマ

大河ドラマ『葵 徳川三代 第21回 偉大なる父』では、徳川家康が息子の秀忠に3つの遺言を残そうとするので、詳しく紹介しましょう。

ドラマ『葵 徳川三代 第21回』のキャスト 

大河ドラマ『葵 徳川三代』は、2000年1月9日〜2000年12月17日に放送されました。

脚本&演出

女優&男優

大河ドラマ『葵 徳川三代』に登場する人物たちです。

徳川家
豊臣家

ドラマ『葵 徳川三代 第21回』のストーリー

淀君は、徳川家康の増長ぶりに我慢できずにいましたが、お初から「太閤殿下の威光は一代限りとおぼしめせ」と言われてしまい「無礼を申すな!」と頭に血が登ってしまいます。

その頃、徳川家康江戸城の出来栄えに満悦間に浸っていましたが、竹千代(後の徳川家光)が風邪で寝込んでいると聞いて心配してしまいます。

お江も心配になって見舞いにやってきますが、竹千代はお江よりもお福のほうになついてしまっていて、愕然としてしまうのです。ところが、徳川家康も寝込んでしまって「誰かが、ワシに調伏(呪い)をしかけておる」とうなされてしまうのです。

徳川家康は、徳川秀忠を呼び寄せて、自分が死んだ後の遺言を残そうとします。そのあまりの衝撃的な内容に、徳川家康は「恐れながら、その議は」と断ろうとしますが「ワシの遺言じゃ」と目を見開いて迫ってきたのです。

徳川の譜代大名・朝廷・豊臣はあわただしく動こうとしますが、徳川家康は回復に向かいました。ところが、父上の身代わりになったかのように松平忠吉が病で亡くなってしまい、結城秀康が重病に倒れてしまいます。

はたして、天は徳川家を見限ったのでしょうか?

徳川家康が秀忠に残した3つの遺言』

徳川家康が秀忠に、3つの遺言を残そうとしましたが、それは以下の通りです。

  • 外様大名は何回も転封させて、同じ場所に根付かせない事
  • 島津家と伊達家だけは転封させず、いずれ松平の性を与えて厚遇する事
  • 徳川家康の娘 市姫を親王に嫁がせる事

外様大名は力で押さえつけて、朝廷は政略結婚で懐柔しようとしていました。さらに、力のある南方の島津や北方の伊達を厚遇して、謀反を起こさせないように考えていたのです。

幕末の時期、伊達は徳川に尽くしましたが、島津は途中で寝返ってしまいました。

しかし、ある程度まで島津を厚遇した事により、島津が倒幕に動くまで、かなり悩みに悩んだので、徳川家康の狙いは惜しい所まで行ったと言えるでしょう。

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ドラマ『葵 徳川三代』の全話のストーリー

www.akira-movies-drama.com

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ドラマ『葵 徳川三代 第21回』のまとめ

第21回では、徳川家康が息子の秀忠に遺言を残そうとしますが、伊達や島津に松平の性を与えようとしていたのは驚かされました。

その他の遺言は驚きもしなかったのですが、もしも島津に松平の性が与えられていたら、歴史が変わっていたかもしれませんね。

そのような事になれば、江戸幕府を倒す事が不可能になり、長州に味方する藩が出てこなくなって、日本の歴史はどうなっていたのだろうかと考えてみたくなってしまいました。