知恵伊豆 松平信綱が少年の時に折檻を受けた?大河ドラマ『葵 徳川三代 第22回』

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出典:大河ドラマ「葵 徳川三代」 | NHKドラマ

大河ドラマ『葵 徳川三代 第22回 大御所』では、後に知恵伊豆(松平信綱)と言われる少年が折檻を受けてしまうので、詳しく紹介しましょう。

ドラマ『葵 徳川三代 第22回』のキャスト 

大河ドラマ『葵 徳川三代』は、2000年1月9日〜2000年12月17日に放送されました。

脚本&演出

女優&男優

大河ドラマ『葵 徳川三代』に登場する人物たちです。

徳川家
豊臣家

ドラマ『葵 徳川三代 第22回』のストーリー

結城秀康の病は治らず、母に「至らぬ所があり申し訳ありませんでした」と言い残して、ついに亡くなってしまいます。

江戸城では、徳川秀忠が兄の訃報を聞いて「本来なら、将軍になれたものを」と涙を流し続けてしまうのです。本多正信や大久保忠隣は、泣き続ける徳川秀忠をおもんばかって、何も声をかける事ができませんでした。

駿府城でも、徳川家康が「返す返すも、無念でならぬ」と嘆いてしまうのです。

息子の死がよほど応えたのか?徳川家康は「将軍の治世に口出しはせぬ」と言っていたのに、本多正純を使者につかわして、色々と意見書を渡してきたのです。大久保忠隣は「治世に口出しはせぬと言っていたのに」と面喰らってしまいます。

その頃、大阪城では豊臣秀頼が次女を孕(はら)ませてしまって、淀君は「いかがしたものか」と困惑してしまうのです。

淀君は、お千を不憫(ふびん)に思い「この事は、お千が成長するまでは伏せておきましょう」と言い渡して、織田有楽斎たち家臣は「しかと承りました」と従います。

ところが、豊臣秀頼は疱瘡(ほうそう)になり倒れてしまい、徳川家康は「もしも秀頼が死んだら、豊臣家は没収する」と言い放つのです。はたして、豊臣家はどうなってしまうのでしょうか?

『知恵伊豆 松平信綱の少年の時の折檻』

徳川家光の家臣 松平長四郎(後の知恵伊豆 松平信綱)は江戸城の御殿の屋根から落ちてしまった所を見つかり、青山忠俊から「なぜ、御殿の屋根に登ろうとした?」と折檻を受けてしまいます。

徳川秀忠たちは「なぜ、何も喋ろうとしない?」と困惑していたら、お福は「恐れながら、若様(後の家光)が雀の子が欲しいと言ったので、それで屋根に登ったのです。何も喋らないのは若様に咎(とが)が、いかぬためのものです」と打ち明けます。

これには、徳川秀忠も「竹千代は、よき家臣を持ったのぅ」と松平長四郎を解き放ちます。

子供の時から忠義の心を持つとは、さすがは知恵伊豆と言った所ですね。

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ドラマ『葵 徳川三代』の全話のストーリー

www.akira-movies-drama.com

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ドラマ『葵 徳川三代 第22回』のまとめ

第22回では、豊臣秀頼が疱瘡に倒れてしまいますが、千姫が気丈にふるまうので、さすがは徳川家康の血が流れているなぁと感慨深くなってしまいました。

それにしても、知恵伊豆が早い段階から出てきましたが、幼少の頃より忠義者だったんだなぁと感心するばかりです。

淀君は豊臣の権威を守ろうとしますが、それは余計な行動と言えます。そんな事をしたら、徳川家康はますます豊臣家をつぶそうとするので、やはり徳川家康が亡くなった後に行動するべきですね。