徳川家康が片桐且元を恫喝した内容を紹介!大河ドラマ『葵 徳川三代 第24回』

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出典:大河ドラマ「葵 徳川三代」 | NHKドラマ

大河ドラマ『葵 徳川三代 第24回 野望の輪郭』では、徳川家康片桐且元を恫喝してしまうので、その内容について詳しく紹介しましょう。

ドラマ『葵 徳川三代 第24回』のキャスト 

大河ドラマ『葵 徳川三代』は、2000年1月9日〜2000年12月17日に放送されました。

脚本&演出

女優&男優

大河ドラマ『葵 徳川三代』に登場する人物たちです。

徳川家
豊臣家

ドラマ『葵 徳川三代 第24回』のストーリー

お江は、多くの公家が流罪になった事に「まさに、朝廷の大掃除」と落胆してしまいます。

しかし、徳川家康は、女官を謹慎程度で済ました事に納得できずにいたので、お江は「大御所は多くの側室がいるので、見せしめのために厳罰に処したいのでしょう」と言ってしまいます。

徳川秀忠は「それはうがちすぎじゃて」と声をかけたら、お江は「上様は側室をもたずに、本当にようございました」と言われてしまい『やはり側室は持てぬか』と肝を冷やしてしまうのです。

しかし、密かに徳川秀忠はお静が気になってしまい、密かに密通してしまいます。

江戸は平穏な日々が続いていても、上方では徳川家康の意向で、木下家の所領が没収されてしまいました。徳川家にとって高台院は恩人でしたが、高台院の身内の木下家であっても、全く容赦しなくなっていたのです。

それどころか、公家の女官たちを駿府まで引っ立ててしまい、流罪にしてしまいます。徳川家康の専横は、とどまる所を知らないのでしょうか?

徳川家康片桐且元を恫喝した内容を紹介』

徳川家康は、諸大名に多くの労役を命じていました。そこで、豊臣家にも名古屋の築城をするように命じますが、豊臣方の片桐且元は「今の豊臣毛には余裕がありませぬ」と納得しようとしません。

「諸大名も余裕がなくても、国政を大事と思えばこそ、応じておる」「恐れながら、豊臣家は大名ではありませぬ」「大名でなければ、何者ぞ」「恐れながら、秀頼君は太閤秀吉公のお世継ぎでござる」「だから、どうした?今は65万石の大名に過ぎぬ」

ついに、徳川家康は、豊臣秀吉の子だから、なんだというのだ?と恫喝してきたのです。

これには、片桐且元は顔色を変えてしまいますが、徳川家康は「そちも大儀じゃのぅ。家臣にとって、道理の分からぬ主を持つ事ほど、辛い事はない」とまで言い切ってしまいました。

片桐且元は恫喝された訳ですが、かつて石田三成が豊臣毛のために戦おうとしたのに、知らぬ存ぜぬで押し通した訳ですから、全く同情できないですね。

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ドラマ『葵 徳川三代』の全話のストーリー

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ドラマ『葵 徳川三代 第24回』のまとめ

第24回では、片桐且元徳川家康に恫喝された訳ですが、関ヶ原の合戦で「家臣同士の戦い」などとノンキな事を言っていたから、因果応報だなぁと思ってしまいました。

この後も、片桐且元には次々に災難が降りかかっていくので、やはり関ヶ原の合戦では覚悟を決めて、豊臣家は一致団結して徳川家を討つべきでしたね。

しかし、そのような事になったら、戦乱が長引いてしまったので、日ノ本(日本)の未来を考えたら、これで良かったのでしょう。