徳川家康が難癖をつけた方広寺事件とは?大河ドラマ『葵 徳川三代 第27回』

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出典:大河ドラマ「葵 徳川三代」 | NHKドラマ

大河ドラマ『葵 徳川三代 第27回 悲憤の開戦』で、徳川家康が難癖をつけた方広寺事件について詳しく紹介します。

ドラマ『葵 徳川三代 第27回』のキャスト 

大河ドラマ『葵 徳川三代』は、2000年1月9日〜2000年12月17日に放送されました。

脚本&演出

女優&男優

大河ドラマ『葵 徳川三代』に登場する人物たちです。

徳川家
豊臣家

朝廷

  • 完子(演:小川範子)お江の娘で、公家に嫁ぐ
  • 九条忠栄(演:山下規介)関白になった人物であり、妻は完子

ドラマ『葵 徳川三代 第27回』のストーリー

お江は、自分の娘が天子に嫁いでも気分が晴れず、秀忠に「あれほど歳は離れているのに、天子様の周りには多くの女官がおります。何者かが孕んでいるのかもしれません」と訴えるので「分かった、心にとどめおく」と言われます。

その頃、豊臣家は方広寺の大仏殿再興を進めていましたが、徳川家康から「関東不吉の文言あり」と難癖をつけられてしまうのです。豊臣家の家臣 片桐且元たちは、徳川家に申し開きをしようとしますが、本多正純と激論を交わしてしまいます。

大蔵卿局も徳川家にかけあったら、徳川家康は「ワシは今まで、秀頼殿の親代わりとなって守ってきた。豊臣家のとりつぶしなど考えておらん。心配いたすなと伝えてくれ」と優しい声をかけられるのです。

ところが、片桐且元は徳川家から無理難題な要求をつきつけられてしまうので、豊臣家の間では『このような矛盾があるとは、片桐且元は裏切ったのではないか?』と疑心暗鬼に陥ってしまいます。

そのため、片桐且元豊臣秀頼淀君に「従わねば、取り潰されますぞ」と徳川家に従うように勧めても、豊臣家のほぼ全ての物が裏切り者扱いしてしまうので、片桐且元の居場所はなくなっていました。

豊臣軍は片桐且元を攻め立てようとしたら、片桐且元は徳川に援軍を申し出て、ここに徳川は豊臣を攻めつぶす口実を得たのです!

徳川家康が難癖をつけた方広寺事件』

徳川家康が、方広寺で「関東不吉の文元言あり」と難癖を付けた文とは『国家安康』と『君臣豊楽』でした。

国家安康は、家康の名前を真っ二つに分けるものであり、首をはねるような不吉な文言と決めつけて、君臣豊楽は豊臣家が主君として繁栄すると言いがかりをつけてきました。

豊臣を攻めるためであれば、どんな難癖であっても無理難題を押し付けて、豊臣をつぶそうと企んでいたのです。かつて、大日本帝国アメリカ合衆国ハルノートをつきつけられて、何がなんでもつぶされようとしたのと同じですね。

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ドラマ『葵 徳川三代』の全話のストーリー

www.akira-movies-drama.com

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ドラマ『葵 徳川三代 第27回』のまとめ

第27回では、徳川家康の古狸ぶりが発揮されましたね。多くの日本人が徳川家康を嫌う理由が、このしたたかな所と汚いやり口でしょう。

しかし、それで戦乱続きの日本が、300年近くも平和だった事を考えれば、平和とは綺麗事で達成されるものではない事を歴史は雄弁に物語っています。

そして、片桐且元が追い込まれるのも、豊臣家が追い込まれるのも、関ヶ原の合戦で忠臣を見殺しにした事が原因になっているので、まぁ仕方のない事としか言いようがありません。

方広寺の事件は、徳川家康の謀略のほうが上だったという事であり、若年の豊臣秀頼では相手にならなかったのでしょう。