松平忠輝が家康から許されなかった本当の理由とは?大河ドラマ『葵 徳川三代 第32回』

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出典:大河ドラマ「葵 徳川三代」 | NHKドラマ

大河ドラマ『葵 徳川三代 第32回 家康の死』では、松平忠輝が家康から許されなかった本当の理由は素行の悪さではなかったので、詳しく紹介しましょう。

ドラマ『葵 徳川三代 第32回』のキャスト 

大河ドラマ『葵 徳川三代』は、2000年1月9日〜2000年12月17日に放送されました。

脚本&演出

女優&男優

大河ドラマ『葵 徳川三代』に登場する人物たちです。

徳川家

朝廷

  • 完子(演:小川範子)お江の娘で、公家に嫁ぐ
  • 九条忠栄(演:山下規介)関白になった人物であり、妻は完子

ドラマ『葵 徳川三代 第32回』のストーリー

徳川家康は、徳川秀忠に「竹千代が粗略に扱われたと聞いておる。これからはワシが竹千代を育てる」と言い放ってしまうので「そればかりはご容赦を」とくいさがるので、何とか事なきを得ます。

いつまでも元気のように見える徳川家康でしたが、鯛の天ぷらにあってしまい、倒れてしまうのです。

徳川秀忠はあわてて駆けつけると、自分の娘の和子やお千の婚約について、心を砕かれるので「忠輝は」と尋ねたら「あやつは許す訳にはいかん!」と言われてしまうのです。

一時は、徳川家康の病状はよくなっていましたが、医師の見立てでは「余命いくばくもあらず」と判断されてしまい、徳川秀忠も覚悟を決めてしまいます。

徳川秀忠は、再び父の見舞いに行きますが「くどいようだが、徳川本家に万が一の事があれば、尾張紀伊・水戸家の者を将軍にせよ……秀忠、冥土の土産にそちの下手な鼓の音を聞きたい」と言われます。

静かに『ポン…ポン……」と城中に鼓の音が鳴り渡り、臣下たちは静かに聞くのみでした。

そして、ついに徳川家康は静かに息を引き取ります。元和2年、駿府城で、徳川家康薨去、享年75歳でした。ついに、日の本で最も大きな巨星がおちてしまったのです

松平忠輝が家康から許されなかった本当の理由』

松平忠輝が家康から許されなかった本当の理由とは、素行の悪さだけではなくて、伊達政宗の存在が影響していました。

なぜなら、徳川家康は「秀忠や竹千代(家光)が早く亡くなったら、伊達政宗が義理の息子の松平忠輝を担ぎ出して謀反を起こすかもしれぬ」と警戒したからです。

伊達政宗は、家督を継ぐや、あっという間の速さで会津の蘆名を滅ぼして奥羽に覇を唱えて、豊臣秀吉の圧力を跳ね返すほどの人物でした。

そういった事を考えたら、徳川家康伊達政宗を警戒するのも仕方のない所でしょう。

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ドラマ『葵 徳川三代』の全話のストーリー

www.akira-movies-drama.com

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ドラマ『葵 徳川三代 第32回』のまとめ

第32回では、ついに日本史上、最大の英雄 徳川家康が逝去してしまいました。返す返すも、徳川家康ほど日本人から嫌われ、疎まれ、敬われる英雄はいないでしょう。

120年以上も続いた戦乱を終わらせ、明治維新ができあがる土台を築き上げ、現在の東京があったのも徳川家康のお陰でした。そういった事を考えたら、腹黒い事はあり、意地汚く、ケチな所があったとしても、徳川家康こそ日本で最も敬われるべき大英雄と言えるでしょう。

そして、天海が金地院崇伝を言い負かす所は「さすが、天海!」とうならされましたね。しかし、徳川家康が亡くなったら、少し寂しくもあり、退屈な内容になってしまわないかと不安でもありますね。