金地院崇伝や本多正純は世渡り下手?大河ドラマ『葵 徳川三代 第33回』

f:id:akira2013web:20210130213733p:plain

出典:大河ドラマ「葵 徳川三代」 | NHKドラマ

大河ドラマ『葵 徳川三代 第33回 東照大権現』では、金地院崇伝(演:大河内浩)や本多正純(演:渡辺いっけい)たちが世渡り下手だったので詳しく紹介しましょう。

ドラマ『葵 徳川三代 第33回』のキャスト 

大河ドラマ『葵 徳川三代』は、2000年1月9日〜2000年12月17日に放送されました。

脚本&演出

女優&男優

大河ドラマ『葵 徳川三代』に登場する人物たちです。

徳川家
豊臣家

ドラマ『葵 徳川三代 第33回』のストーリー

徳川秀忠は、本多正信が隠居願いをしてきたので「今まで、よく仕えてくれた」と労をねぎらって隠居を認めてあげます。

ところが、徳川秀忠は娘のお千に機嫌を直してもらおうと考えて、豊臣の墓を作る事を家臣に命じた上に、お千の要望通りに武家へ嫁ぐ事を認めてあげます。

しかし、本多正純は「これはしたり!大御所(徳川家康)の意向で、千姫様が公家に嫁ぐ事は決まっていたのですぞ」と意を唱えたら「ワシが決めたのじゃ、二代将軍である秀忠が決めたのじゃ!」と激怒されてしまうのです。

千姫は自分の要望を聞き届けてくれた秀忠に「ワガママばかりを言って申し訳ありませぬ」と感謝をしてもしきれなかったのですが、秀忠は「ワシのほうこそ、そちに辛い思いをさせてしまった」と優しい言葉をかけてあげます。

そんなある日、徳川秀忠は誰に忠誠を尽くすべきか曖昧だった武家諸法度を改めるように、金地院崇伝に命じますが「大御所が他界してから、まだ間も無いので今は変えるべきではございませぬ」とさとされます。

後日、徳川秀忠は家臣が居並ぶ中で「崇伝、そちには暇を与える。京に戻って、しばらぁく学問に勤めたらよかろう」と声をかけてしまうのです!これにより、徳川秀忠は、二代将軍よりも家康を崇める家臣たちをことごとく蹴落としていったのです。

『金地院崇伝や本多正純は世渡り下手』

金地院崇伝や本多正純は世渡り上手のように見えていましたが、それはあくまでも徳川家康が存命中の話でした。

徳川家康が亡くなり、時の実権は徳川秀忠に移ったのに、いつまでも「大御所、大御所」と言って、秀忠に家康の考えを守るようにさとします。

しかし、徳川秀忠にとっては「今は自分が将軍であり、父はもういない」という考えになり、言う事を聞かぬ家臣たちをことごとく失脚させていきました。

金地院崇伝は今回で失脚して、本多正純の失脚はこの後の『宇都宮城釣天井事件』で起きていく訳ですね。 

動画配信『U-NEXT』に入会すれば、1200ポイントがもらえるので、そのポイントでNHKパックの大河ドラマ『葵 徳川三代 第1〜49(最終話)』を見る事ができます(2021年4月時点)。

ドラマ『葵 徳川三代』の全話のストーリー

www.akira-movies-drama.com

上の内部リンクをクリックしたら、大河ドラマ『葵 徳川三代』シリーズの全話のストーリー・キャスト・豆知識・見所などを見られます。

ドラマ『葵 徳川三代 第33回』のまとめ

第33回で、初めて徳川秀忠がカッケー(死語)と思ってしまいました。それにしても、本多正純や金地院崇伝たちは世渡りが下手でしたね。

徳川家康が偉大であっても、亡くなっては何もする事ができないので、ここは徳川秀忠の考えを尊重すべきでしょう。

徳川家康が亡くなっては面白くないのではないかと思っていましたが、徳川家康亡き後に、秀忠の治世がどのようなものだったのか?それがよく分かる内容であり、なかなか面白いですね。