徳川家光が朝廷を軽んじたキッカケを紹介!大河ドラマ『葵 徳川三代 第40回』

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出典:大河ドラマ「葵 徳川三代」 | NHKドラマ

大河ドラマ『葵 徳川三代 第40回 親ごころ』では、徳川家光が天子を江戸に巡幸させようとしますが、そのキッカケになったものがあったので詳しく紹介しましょう。

ドラマ『葵 徳川三代 第40回』のキャスト 

大河ドラマ『葵 徳川三代』は、2000年1月9日〜2000年12月17日に放送されました。

脚本&演出

女優&男優

大河ドラマ『葵 徳川三代』に登場する人物たちです。

徳川家

ドラマ『葵 徳川三代 第40回』のストーリー

徳川家光は将軍となり、大御所の秀忠が考えた政策を次々に実行へ移すように、重臣たちに任せていきました。

ところが、傅役の青山忠俊から「今までのは大御所様の政策なので、第三代将軍の家光様からも何か政策を言い渡して下さいませ」と言ったら、徳川家光は「華々しくはないが一つある。お主を罷免したい」と言い出してしまったのです!

これには、土井利勝酒井忠世たちも顔色を変えてしまいますが、以前から青山忠俊が厳しく徳川家光を養育しようとしていたので、密かに恨んでいたのです。

徳川秀忠は、青山忠俊を不憫に思ってしまい、2万石だけでも与えようとしますが、武士の意地から断られてしまいます。

京都から鷹司孝子が、徳川家光の許嫁として嫁いできますが、肝心の徳川家光は大奥へ行こうともしません。これでは、将軍家の血筋が絶えてしまうと思って、徳川秀忠は、仙千代を将軍の養子にしようと考え始めました。

徳川家光は、将軍となり「ワシは大権現(家康)や大御所でさえ出来なかったを成し遂げたい」とお福たちに言い渡します。それは、天子を江戸に巡幸させるものでした。今まで、誰もが成し遂げられないものですが、上手くいくのでしょうか?

徳川家光が朝廷を軽んじたキッカケ』

徳川家光は「朝廷や公家などは武士が養っているから、ワシが上洛した以上は、今度は天子が返礼として江戸へ来るべきだ」と朝廷を軽んじてしまいます。

なぜ、このように朝廷を軽んじたのか?そのキッカケとなったのが、朝鮮通信使が『徳川家光を日本の国王殿下』という書を送ったからに他なりません。

徳川家光にしてみれば『外国からはるばる来てくれた使者でさえ、ワシを日本の君主と認めている』と考えて、征夷大将軍が最も偉いと勘違いしてしまったのでしょう。

やはり、この辺りは徳川家光が、まだまだ青い所であり未熟者という感じがしますね。 

ドラマ『葵 徳川三代』の全話のストーリー

www.akira-movies-drama.com

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ドラマ『葵 徳川三代 第40回』のまとめ

第40回では、徳川家光が朝廷を軽んじてしまったり、正室を軽んじたりして、かなり未熟な将軍という感じがしますね。

そのくせ、誇りだけを持ってしまうので、なかなか始末の悪い将軍です。徳川家康や徳が秀忠がしっかりと基礎を築いていたから良い所ですが、これが築いていなかったら、江戸幕府は早々に終わっていたかもしれません。

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