称徳天皇が寵愛した道鏡は中国にもいた?|大河ドラマ『葵 徳川三代 第45回』

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出典:大河ドラマ「葵 徳川三代」 | NHKドラマ

大河ドラマ『葵 徳川三代 第45回 春日局』では、後水尾天皇称徳天皇という前例もあった事から、女一ノ宮に譲位しようとしました。実は、称徳天皇が寵愛した道鏡のような人物は中国にもいたので、詳しく紹介しましょう。

ドラマ『葵 徳川三代 第45回』のキャスト 

大河ドラマ『葵 徳川三代』は、2000年1月9日〜2000年12月17日に放送されました。

脚本&演出

女優&男優

大河ドラマ『葵 徳川三代』に登場する人物たちです。

徳川家

朝廷

ドラマ『葵 徳川三代 第45回』のストーリー

1628年、高仁親王薨去してしまい、徳川秀忠は「忙殺ではあるまいの」と疑念を抱いてしまいます。 これに、後水尾天皇は「私は女一ノ宮(和子との間に生まれた皇女)に譲位する。幕府に痛くない腹は探られたくない」と言い放ってしまうのです。

しかし、徳川秀忠は「もっての外じゃ、押し戻せ」と言い放ってしまい、朝廷と幕府の衝突は続いてしまいます。そんな時に、城の殿中で、側近の青山忠俊が刺殺されてしまいます。

徳川家光は、最初こそ殿中で事件を起こした武士を処罰しようとしますが、遺恨があった事から、親族まで連座しないようにしました。

それから、徳川秀忠は疱瘡(ほうそう:天然痘)によって寝込んでしまいます。当時は、成人になってから、疱瘡になったら、半数は亡くなると言われた恐ろしい病だったのです。

しかし、徳川家光は何とか回復に向かって、武家伝奏から「回復に向かわれて、おめでとうございます」と言われますが、しつこくも「天子様は重病にて、女一ノ宮に譲位する」と言ってきたのです。

ところが、京都所司代からの知らせによれば、和子が懐妊したという知らせが届いたので、幕府は「重病なのに、妃が懐妊するとはおかしな話ではないか」と問い詰めてしまうのです!

称徳天皇が寵愛した道鏡は中国にもいた?』

称徳天皇は、色々と世話をしてくれた僧 道鏡を寵愛するようになり、やがて道鏡一族は大きな力を持つようになります。

なぜ、これほど道鏡が寵愛されたのかと言えば、道鏡が座れば、膝が三つできると言われるほど、見事な物を持っていたからと言われているのです。

このような話は、中国にもあって、かつては始皇帝の母も嫪毐(ろうあい)という者が見事な物を持っていた事から寵愛するようになりました。しかし、嫪毐は始皇帝がまだ若年と侮り、謀反を起こそうとしたのです。

しかし、始皇帝は若年の時から恐ろしいほどの才能を秘めており、嫪毐が謀反を起こす事を手ぐすねひいて待っていたのです!かねてより、重臣たちにいつでも戦ができるように命じていて、嫪毐を捕らえて、足ざきの刑に処しました。

そして、始皇帝の母に嫪毐を紹介した呂不韋は、やがて追い詰められて自害して果てます。呂不韋は、始皇帝の父を秦王にさせた功労者でしたが、始皇帝は一切容赦しない男でした。

ここまでの事を若年でやってのけるので、中国を初めて統一したのも納得できますね。

ドラマ『葵 徳川三代』の全話のストーリー

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ドラマ『葵 徳川三代 第45回』のまとめ

第45回では、後水尾天皇が女一ノ宮に譲位しようとしますが、それは、過去に称徳天皇という女帝がいたからでしょう。

しかし、称徳天皇道鏡を寵愛して、国を大きく乱した事もあったので、あまり評価は高くありません。

道鏡というのは、かなり卑しい男ですが、このような人物は日本だけではなく、中国にもいた事を考えたら、不逞の輩は万国共通で存在するのかもしれませんね。

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