10代8人の女帝の在位期間を紹介!大河ドラマ『葵 徳川三代 第46回』

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出典:大河ドラマ「葵 徳川三代」 | NHKドラマ

大河ドラマ『葵 徳川三代 第46回』では、859年ぶりに女帝が誕生するので、日本の全ての女帝(10代8名)の名前と在位期間を紹介しましょう。

ドラマ『葵 徳川三代 第46回』のキャスト 

大河ドラマ『葵 徳川三代』は、2000年1月9日〜2000年12月17日に放送されました。

脚本&演出

女優&男優

大河ドラマ『葵 徳川三代』に登場する人物たちです。

徳川家

朝廷

ドラマ『葵 徳川三代 第46回』のストーリー

1629年、後水尾天皇は幕府に何も言わないままで、女一ノ宮に上位を決断してしまいました。徳川家光は、その知らせを聞いて「大御所は何と仰せか?」と尋ねると、家臣は「黙殺せよと仰せです」と知らされて、うぅむとうなるばかりでした。

3月4日、京極忠高の正室 初姫(徳川家康の娘)は亡くなってしまいましたが、京極忠高がその時、相撲見聞していたのです。徳川秀忠は大いに怒り、謁見しようとした京極忠高には「謁見はまかり通らん、この場で蟄居を命じる」と言い渡します。

江戸城では、徳川家光が、思い上がる弟の忠長に「ワシが疱瘡のみぎり、次の将軍は自分じゃと言うたそうじゃな?ワシに何かあれば、尾張または紀州の者が将軍になる。そのため、お主が将軍になる事はない。思い上がるな」と言い放つのです。

徳川忠長は、失意のまま、自国の駿河へ向かっていきましたが、これが兄の家光と今生の別れとなりました。

そんな中で、ついに後水尾天皇の女一ノ宮が明正天皇となりました。徳川秀忠は、和子が懐妊していると知っていたので、明正天皇はあくまでも皇子が生まれるまでの引き継ぎの天皇としか思っていませんでした。

それどころか、武家伝奏の中院通村を罷免するように強要してきたのです。

『8人の女帝の在位期間』

日本は、8人の女帝がいました。その8人の名前と在位期間は以下の通りです。

  1. 推古天皇:592〜628年
  2. 皇極天皇:642〜645年
  3. 斉明天皇:655〜661年
  4. 持統天皇:686〜697年
  5. 元明天皇:707〜715年
  6. 元正天皇:715〜724年
  7. 孝謙天皇:749〜758年
  8. 称徳天皇:764〜770年
  9. 明正天皇:1629〜1643年
  10. 後桜町天皇:1762〜1770年

こうして振り返ってみると、女帝は600〜700年代に集中している事が分かりますね。もしかしたら、称徳天皇が国を乱していなければ、日本に女帝はもっと多く登場していたかのかもしれません。

上の名前を見たら10人いるのではないか?と思ってしまうかもしれませんが、皇極天皇斉明天皇は同一人物であり、孝謙天皇称徳天皇は同一人物です。

そして、明正天皇こそ、徳川秀忠の孫娘であり、女帝が誕生するのは859年振りでした。

ドラマ『葵 徳川三代』の全話のストーリー

www.akira-movies-drama.com

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ドラマ『葵 徳川三代 第46回』のまとめ

第46回では、859年ぶりに女帝が誕生してしまいますが、その年数の長さを考えたら、いかに珍しい事だったか、よく分かりますね。

そして、駿河大納言と言われた徳川忠長が、乱行の限りを尽くしてしまって、徳川秀忠を苦しめてしまいました。このような事をすれば、徳川家光に断罪される絶好の口実を与えてしまうので、いかに愚かな人物だったか、よく分かります。

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