春日局(演:樹木希林)が薬断ちしたのは家光のせい?大河ドラマ『葵 徳川三代 第49回』

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出典:大河ドラマ「葵 徳川三代」 | NHKドラマ

大河ドラマ『葵 徳川三代 第49回 名君づくり(最終回)』では、春日局(演:樹木希林)が薬断ちをしてしまいますが、それは徳川家光に原因があったので、詳しく紹介しましょう。

ドラマ『葵 徳川三代 第49回』のキャスト 

大河ドラマ『葵 徳川三代』は、2000年1月9日〜2000年12月17日に放送されました。

脚本&演出

女優&男優

大河ドラマ『葵 徳川三代』に登場する人物たちです。

徳川家

朝廷

ドラマ『葵 徳川三代 第49回』のストーリー

徳川家光は、忠長が所業を改めなかった事に激怒して、ついに弟の忠長の所領を全て没収する事を決めます。

徳川忠長は、江戸城から改易の知らせを受けて「そうか……兄上は、そこまでワシを恨んでいるのか。遅く生まれてきたのが、この忠長の不運じゃ」と無念の言葉を吐き出す事が精一杯でした。

そして、流罪の身となった徳川忠長は、夜更けに自害して果ててしまいます。

江戸城で、徳川家光は「あのたわけが」と涙を浮かべてしまい、あまりの心労で倒れてしまうのです。

それでも、京の都へ上洛しなくてはいけなかったのですが、その前に御台所の孝子に「今まで、そちと疎遠になっていたのは、そなたに罪がない。思い上がった公家を腹立たしく思っていた。ワシの若気の至りだった。許してくれ」と素直に頭を下げます。

孝子は、将軍の振る舞いに感謝して、涙を浮かべて「恐れ入ります」と頭を下げて、ようやく夫婦らしい二人になっていきました。

初代家康・二代秀忠が朝廷を締め付けてきましたが、家光は宥和政策に切り替えて、朝廷の上皇や公家たちを満足させます。さらに、日光東照宮を大改築して、それに動員された人員は450万人にものぼりました。

徳川家光は、春日局から勧められたお欄を側室にしますが、このお欄が若君を産み、ついにお後継ができました。重臣たちが「千秋万歳(せんしゅうばんせい)!」と祝い、徳川三代によって作られた江戸幕府は、もはや揺るぎないものになっていくのです。

春日局(演:樹木希林)が薬断ちした原因』

春日局は、重い病になっても、薬断ちをしていました。実は、家光が疱瘡(天然痘)になり重病に陥った時に、神仏の加護にすがり「自分が薬断ちする代わりに、家光を救ってもらうように」と拝んだ事があったからです。

徳川家光は病を治して、全快しますが、それでも薬を飲む事はなく、亡くなっていきます。もしかしたら、薬断ちしていなければ、もっと長生きしていたかもしれません。

しかし、薬断ちを辞めたら、神仏が怒って徳川家光の寿命が短くなり、日本の歴史は変わっていたかもしれませんね。

ドラマ『葵 徳川三代』の全話のストーリー

www.akira-movies-drama.com

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ドラマ『葵 徳川三代 第49回』のまとめ

春日局が薬断ちしてまで救った徳川家光が、名君として振舞って、ついに『葵 徳川三代』は有終の美を飾りましたね。

最後の最後まで、弟の忠長と折り合いが悪いままでしたが、多くの宥和政策を取り、家光は盤石の治世と言えます。しかし、それも家康や秀忠がしっかりと基礎を築いていた事が大きいので、徳川三代の業績は目を見張るものがありますね。

しかし、欲を言えば、徳川三代の業績は49回で語れるものではないので、2年か3年がかりで150話ぐらいまで行って、徳川家康の幼少の頃から、徳川家光が亡くなるまでしたら、もっと面白かったのにと思ってしまう所がありました。

欲を言えば、キリがないので、これはこれで良かったかなと思うシリーズでしたね。

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