大河ドラマ『葵 徳川三代』シリーズの全話のストーリー・キャスト・見所

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出典:大河ドラマ「葵 徳川三代」 | NHKドラマ

大河ドラマ『葵 徳川三代』シリーズの全話のストーリー・キャスト・豆知識・見所などを紹介するので、参考にしてみて下さい。

『葵 徳川三代 第1回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川家康(演:津川雅彦)は、石田三成(演:江守徹)と決戦しようとしますが、城攻めとなれば時間をかけすぎてしまいます。そこで、佐和山城を攻めるという流言を放って、石田三成関ヶ原までおびき寄せる事に成功しました。

数だけで言えば、石田川の西軍のほうが多かったのですが、小早川秀秋吉川広家などは徳川家康の東軍に内応していたのです!

西軍の島左近(演:夏八木勲)・大谷吉継(演:細川俊之)・宇喜多秀家(演:香川照之) の奮戦むなしく、あまりの裏切りの多さに陣形がズタズタに崩れていきました。

勝敗はほぼ決した時に、島津義弘(演:麿赤兒)が天地を揺るがすほどの敵中突破をしかけてきたのです!

『葵 徳川三代 第2回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com関ヶ原が行われるよりも時はさかのぼり、太閤秀吉が薨去した時に、石田三成は朝鮮の戦の事もあり、太閤秀吉の死をしばらく伏せる事にしました。

しかし、徳川家康は太閤秀吉の死を知るや、息子の徳川秀忠(演:西田敏行)に戦の準備をさせます。さらに、各大名と政略結婚を進めていき、石田三成たちは「ついに本性を現しおったな!」と敵意をむきだしにしてしまうのです。

石田三成は、他の四大老に「徳川家康を征伐すべきです」と頭をさげるので、前田利家は「石を投げてみるか」と睨みます。

ところが、徳川方には百戦錬磨の猛者たちが結集していました。はたして、四大老と徳川方との間に、戦は行われてしまうのでしょうか?

『葵 徳川三代 第3回』のストーリー

www.akira-movies-drama.co前田利家は、徳川方に多くの大名たちがついている事を知り、和平の道をさぐる事にしました。その和平案とは、石田三成たち奉行を剃髪(坊主)させる代わりに、徳川家康に各大名と勝手に政略結婚しないように誓詞を出させるというものでした。

徳川と四大老の間で和平がまとまりますが、徳川秀忠は、なかなか嫡男ができないでいました。そこで、父の徳川家康から「側室を持ったらどうじゃ?ただし、名家の娘は辞めとけよ。後で実家がしゃしゃり出る」と言われて、頭を悩ませてしまうのです。

そんな時に、前田利家が亡くなってしまい、武断派加藤清正(演:苅谷俊介)たちが石田三成を襲撃しようと動き出します。はたして、石田三成の運命はどうなってしまうのでしょうか?

『葵 徳川三代 第4回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com石田三成は、徳川家康との権力争いに敗れてしまって、佐和山城へ蟄居(ちっきょ)する事になってしまいます。

しかし、徳川家康は手を緩めようとせず、伏見城に入り、我が物顔で専横を極めていました。

徳川家康は、さらに力のある大名たちにいいがかりをつけて、屈服させていきました。はたして、このまま豊臣家はつぶれてしまうのでしょうか?

『葵 徳川三代 第5回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川家康は、大阪城の西の丸に滞在していたので、大名たちは新年の挨拶は、豊臣秀頼徳川家康のどちらのほうへ先に行くべきか悩みます。

石田三成佐和山城で蟄居の身となってしまったので、何もできない自分をふがいなく思い、屈辱を抱いてしまうのです。

そこで、石田三成は、会津上杉景勝と長州の毛利輝元に働きかけて、東西から徳川家康を挟み撃ちにしようと動き出しますが、上手くいくのでしょうか?

『葵 徳川三代 第6回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川家康は、石田三成の動きを察知して、伏見城を守る鳥居元忠(演:笹野高史)に、少しだけ兵を割いてやろうとしますが「それには及びませぬ」と断られてしまいます。

鳥居元忠は、上方で戦うために、少しでも兵を損なっては申し訳ないと思い、命を捨てる覚悟でした。徳川家康はその忠義に感じ入って、主従で最後の盃を交わすのです。

会津では、若松城上杉景勝・米沢城の直江兼続が二段構えで3万8000もの兵で待ち構えていて、江戸についた徳川家康のもとには5万5000もの兵が集まっていました。

いよいよ会津征伐の日が近づいていたのです!

『葵 徳川三代 第7回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com石田三成は人望がなかったので、徳川家康を討伐するために、豊臣家の家老 毛利輝元を総大将にする事になりました。ところが、毛利輝元の家臣 吉川広家は煮え切らない態度を取ってしまうので、安国寺恵瓊は懸念を抱いてしまうのです。

いよいよ西軍が出陣する事になりますが、島津義弘が東軍の伏見城へ加勢しようとしたら、鳥居元忠は島津を入城させようとしません。なぜ、鳥居元忠島津義弘の入城を認めなかったのでしょうか?

『葵 徳川三代 第8回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川家康会津征伐を行おうとしますが、石田三成が多くの大名たちに誘いの手紙を送っている事が分かり、福島正則が西軍(石田方)に願える可能性が出てきました。

そこで、黒田長政を使って、福島正則たちが寝返らないように目を光らせます。

上方では、ついに石田三成が多くの大名たちと共に挙兵して、東軍の大名たちの奥方を人質に取ろうとします。

徳川軍は上方へ向かおうとしますが、尾張に差し向けた総大将は、結城秀康(次男)や徳川秀忠(三男)を差し置いて、なぜか松平忠吉に命じてしまうのです。

『葵 徳川三代 第9回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com清洲城では、東軍の大名たちが「いつになったら、内府(徳川家康)は尾張へ来るのじゃ」と苛立っていました。

大名たちの我慢は限界に達しつつあったので、ついに岐阜城を攻める事になります。しかし、池田輝政磯部勉)と福島正則蟹江敬三)はお互いに一歩も譲らず、先陣を争ってしまうのです。

ついには、池田輝政は軍律を破ってしまって、福島正則との対立は収まる気配がありませんでした。はたして、このような状況下で西軍を撃破できるのでしょうか?

『葵 徳川三代 第10回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川家康は、息子の秀忠に出陣するように命じるので、徳川秀忠は宇都宮から3万8000もの大軍を引き連れて出陣していきます。

上方近くでは、いよいよ東軍の徳川家康と、西軍の石田三成が激突しそうになっていました。

ところが、徳川秀忠真田昌幸・幸村親子の挑発に乗ってしまって、大きな被害を出していました。そこへ徳川家康の使者が着陣しますが、川の増水により到着が遅れてしまっていて、徳川秀忠は明日までに関ヶ原へ着かなくてはいけなくなったのです!

『葵 徳川三代 第11回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川家康は、野戦は得意でも城攻めは苦手でした。そこで、西軍を一気に打ち破るために、佐和山城を攻めるという流言を放ってしまいます。

石田三成は、自分の居城が危ういと知り、すぐに全軍をあげて応戦しようとしますが、島津義弘は「そんなものは、島左近だけを差し向ければよろしかろう」と反対してしまいます。

それでも、石田三成関ヶ原へ軍を動かしてしまって、島津義弘は不満を募らせてしまうのです。

徳川家康は、石田三成関ヶ原へ出てくると知り「してやったり!」とほくそ笑みます。ここに、日本史に名を刻む事になる『関ヶ原の戦い』の幕が切って落とされたのです!

『葵 徳川三代 第12回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川家康は、小早川秀秋が全く軍を動かそうとしないので「小早川の陣へ大筒を放て、出陣の催促じゃ!」と部下に大筒を放たせてしまうのです。

小早川秀秋は、西軍と東軍のどちらに味方するべきか悩んでいましたが、大筒を放ってきたので、ついに東軍に味方する事を決めてしまいます。

一気に、小早川秀秋隊は山を駆け下り攻めかかってきたので、大谷吉継は「おのれぇ、小早川めぇ。裏切りおったな。憎っくきは小早川秀秋、三年の間に祟りを成してくれん」と言い残して自害して果てます。

さらに宇喜多秀家隊は総崩れとなってしまって、石田三成は敗走してしまったのです。東軍の勝利が確実になったにも関わらず、何と!島津義弘が敵中突破をしかけてきたのです。はたして、島津義弘隊はどうなってしまうのでしょうか?

『葵 徳川三代 第13回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com大阪城では、立花宗茂が徹底抗戦を呼びかけますが、毛利の家臣たちは誰もが戦いに消極的で『なんという不甲斐ない連中だ』と憤慨してしまうのです。

実際に、毛利輝元は、所領安堵されると聞き、大阪城から素直に退去する事を決断しますが、徳川家康の魔手は確実に毛利家に迫っていました。

その頃、徳川家康は、天下を分けた合戦に遅参した徳川秀忠に対しての怒りが収まらず、本多正純に「顔も見とうないわ!」と怒鳴ってしまいますが、家臣たちのとりなしで秀忠の遅参を許してあげる事にしたのです。

石田三成は、ついに捕まってしまいますが、はたして、その運命はどうなってしまうのでしょうか?

『葵 徳川三代 第14回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川家康大阪城に入り、西軍の立花宗茂島津義久上杉景勝たちを封じ込めるための軍議を開いて、徳川家の治世を盤石にしようとしていました。

関ヶ原の合戦では、吉川広家に「毛利家の所領は安堵する」と約束していたにも関わらず、石田三成と味方していたと難癖(なんくせ)をつけて、120万石以上もあった所領を30万石まで大減封させてしまったのです。

吉川広家は、自分の甘さを痛感しましたが、もはや後の祭りでした。

しかし、徳川家康の攻勢はとどまる所を知らず、今度は豊臣秀頼が関白に就任できないように朝廷へ裏工作をしかけてきたのです!

『葵 徳川三代 第15回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com淀君は、秀頼が関白になれないのは徳川家康の差し金だと睨みますが、徳川家康はしらばっくれる一方で、徳川秀忠は、淀君をなだめてしまいます。

これには、徳川家康は腹を立てて、のちに息子の秀忠を叱責してしまうのです。

徳川家康伏見城へ着き、わずかな側近たちを集めて「誰が後継者にふさわしいか申してみよ」と言い放ってしまいます。

側近たちは「まさか、秀忠様を廃嫡するおつもりか」と面喰らってしまいますが、秀忠を推挙する者は大久保忠隣だけでした。

これには、徳川家康は「秀忠を推挙するのは、大久保忠隣だけか」と落胆してしまいますが、誰が後継者になるのでしょうか?

『葵 徳川三代 第16回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com慶長6年10月、徳川家康は新たに和子が生まれて、他の側女たちから「私にも和子をお恵みくだされ」とせがまれてしまって、頭を悩ませてしまいます。

その一方で、徳川秀忠は、大久保忠隣から推挙された浪人の娘しのが懐妊したので、密かに、しのに会いに行っていたら、お江に勘付かれてしまうのです。

まさに徳川家は、この世の春を謳歌していましたが、徳川家康は満足せず、上方(京都周辺)から江戸までの地を譜代大名を配置していて、ますます徳川家の地位は盤石になっていきます。

そんな時に、お江は、側女のしのが和子を産んだ事を知って、いつまでも世継ぎを産めない自分の情けなさに涙を流してしまうのです。

『葵 徳川三代 第17回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川秀忠は、側室との間で、ようやく嫡男が生まれますが病で亡くなってしまって、憔悴しきってしまいました。

正室のお江は、そんな秀忠を見かねて「ご落胆なされますな、すぐに男の子が再び生まれます。この江が産んでごらんになってみせます」と励まします。

その頃、小早川秀秋は夜な夜な大谷吉継の亡霊に苦しめられて「この顔を忘れたか?関ヶ原の恨み忘れるものか!よくも裏切ってくれたな」と迫られて、苦しみながら命を落としてしまうのです。

徳川家康は、征夷大将軍になる事が決まりましたが、何と主筋にあたる豊臣秀頼に対して「征夷大将軍になるので、挨拶に来て欲しい」と要求してきたのです。この要求に、豊臣家は大いに怒り狂いますが、豊臣の命運はどうなってしまうのでしょうか?

『葵 徳川三代 第18回』のストーリー 

www.akira-movies-drama.comお初は、淀君から、生き別れの娘の完子を紹介されて「大阪まで来た甲斐がありました」と感謝するのです。

淀君は、今まで大事に育てて来た完子を公家に嫁がせようとしますが、お江は豊臣と徳川が本当に仲良くやっていけるのか心配で仕方ありませんでした。

島津忠恒前田利長たちは、宇喜多秀家の助命を嘆願してきますが、徳川家康は、なかなか良い返事をしようとしませんでした。しかし、有力な大名たちが低姿勢で頼んでくるので、最終的には厳刑で済ませる事にしてあげます。

徳川家康は息子の秀忠だけをコッソリと呼びつけて、豊臣家が謀略をしかけてくるかもしれぬから、身内の裏切りには気をつけよと言い渡すのです!

『葵 徳川三代 第19回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川秀忠は、ついに正室のお江が和子(男の子)を産んでくれたので、後継者に頭を悩ませる事もなくなり「お江、よくやった!これでワシの面目が保てた。恩にきるぞ」と涙を流して感謝するのです。

徳川家康は、徳川秀忠やお江を呼びつけて「竹千代は、生まれながらにして将軍じゃ。しかし、将軍は親のもとで甘やかす訳にはいかん」と言って、しかるべき家臣に養育させて、乳人(めのと)は春日局に任せるようにと命じてしまいました。

春日局は、明智光秀の家臣 斎藤利三の娘だったので、お江にとっては自分の叔父 織田信長を殺害した者の家臣に、自分の息子を委ねる事になってしまい、胸の内は複雑なものがありました。

はたして、徳川家光の将来はどうなってしまうのでしょうか?

『葵 徳川三代 第20回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com1605年、松平忠輝は、大阪城淀君豊臣秀頼に謁見しますが、兄弟の中で所領が少なくて、損をしている事を言ってのけてしまい、淀君片桐且元は思わず、ほくそ笑んでしまいます。

豊臣方は『徳川家は一枚岩ではないな』と考えて、松平忠輝結城秀康をけしかければ、天下をひっくり返せると企んだのです。

その頃、徳川秀忠は「豊臣が何もしても、父上には、かなうまい」と慢心していましたが、松平忠吉から「しかし、父上が亡くなったら風向きが変わります。今のうちに豊臣をつぶすべきではありますまいか?」と勧めらるのです!

『葵 徳川三代 第21回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com淀君は、徳川家康の増長ぶりに我慢できずにいましたが、お初から「太閤殿下の威光は一代限りとおぼしめせ」と言われてしまいます。

いくら妹の言葉とは言え、納得ができず「無礼を申すな!」と聞く耳を持ちません。

その頃、徳川家康江戸城の出来栄えに満悦間に浸っていましたが、竹千代(後の徳川家光)が風邪で寝込んでいると聞いて心配してしまうのです。

ところが、徳川家康も寝込んでしまって「誰かが、ワシに調伏(呪い)をしかけておる」とうなされてしまって、徳川秀忠に遺言を残そうとします。はたして、その遺言の内容はどのようなものなのでしょうか?

『葵 徳川三代 第22回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com結城秀康の病は治らず、ついに亡くなってしまって、江戸城徳川秀忠は「本来なら、将軍になれたものを」と涙を流し続けてしまいます。

駿府城でも、結城秀康の訃報が届いて、徳川家康が「返す返すも、無念でならぬ」と親子ともども嘆き続けてしまうのです。

徳川家で身内が亡くなっていた時に、豊臣家では秀頼が次女を孕(はら)ませてしまって、淀君は「いかがしたものか」と困惑していました。

ところが、豊臣秀頼は疱瘡(ほうそう)になり倒れてしまい、徳川家康は「もしも秀頼が死んだら、豊臣家は没収する」と言い放つのです!

『葵 徳川三代 第23回』のストーリー 

www.akira-movies-drama.com徳川家康は、朝廷が乱れているという報告を聞いて、京都所司代板倉勝重に「朝廷で乱れている者を調べあげよ」と命じます。

その一方で、関白である九条忠栄は、何とか乱れきった公家たちを諫めようとしますが、回りの公家たちは意に介しません。

九条忠栄は「天子の妻と密通を交わす不届きな公家までいるのですぞ!」と、禁句中の禁句を言ってしまい、回りの公家たちは、あわてふためいてしまうのです。

ついに、不届きな公家たちは職を解かれますが、徳川家康は「手ぬるい!天子の側室に手を出したのだぞ」と言い放ち、不義密通を企てた公家や女官たちを斬罪にしようとしますが、徳川家の介入はどこまで突き進むのでしょうか? 

『葵 徳川三代 第24回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川家康は、朝廷が女官を謹慎程度で済ました事に納得できずにいたので、お江は「大御所は多くの側室を戒めるために、見せしめのために厳罰に処したのではないか」と疑ってしまいます。

しかし、徳川秀忠は「それはうがちすぎじゃて」と声をかけますが、お江は「上様は側室をもたずに、本当にようございました」と脅しとも取れる事も言ってきて、徳川秀忠は表情をひきつらせてしまうのです。

なぜなら、徳川秀忠は密かに、お静と密通していたからです。

そんなある日、上方では徳川家康の意向で、木下家の所領が没収されてしまいました。高台院は徳川の恩人とも言える人物でしたが、高台院の身内の木下家であっても、徳川家は全く容赦しなくなっていたのです!

『葵 徳川三代 第25回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川家康は娘を失ってしまったお梶を不憫と考えて、お万の息子 鶴千代をお梶の育てさせようと考えますが、お万は『それは』と困惑してしまいます。

しかし、阿茶局から「世にも麗しき配慮かと存じます」と説得されて、お万もさすがに納得して、お梶が鶴千代を育てる事になりました。かつては、徳川家康といざこざがあったお梶でしたが、その優し気配慮に感謝するしかありませんでした。

徳川家康は次々に天下普請と称して、西国の大名たちを働かせていきます。福島正則の怒りは爆発しそうになっていましたが、それは多くの西国の大名たちであれば、多くの者が感じていた事でした。

ところが、徳川家康は成長した豊臣秀頼を見て、警戒すべき人物と目を光らせてしまうのです!

『葵 徳川三代 第26回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com武功派の大久保忠隣は大久保長安と一緒に、本多正純本多正信を追い落とそうとして、激しい権力争いが起きてしまって、徳川秀忠はどうするべきか頭を悩ませてしまいます。

ところが、朝廷でも激しい内輪揉めが起きてしまって、徳川家康が介入しようとしますが、関白の九条忠栄が何とか朝廷の内輪揉めを解決しました。

それでも、九条忠栄は病により罷免になってしまって、徳川家康の後押しで鷹司信房が新たな関白になってしまったのです。これにより、朝廷の権威は失墜して、ますます江戸幕府の権威のほうが高まっていきました。はたして、朝廷の権威はどうなってしまうのでしょうか?

『葵 徳川三代 第27回』のストーリー 

www.akira-movies-drama.com豊臣家は方広寺の大仏殿再興を進めていましたが、徳川家康から「関東不吉の文言あり」と難癖をつけられてしまって、豊臣家の家臣 片桐且元たちは、徳川家に申し開きをしようとしますが、本多正純と激論を交わしてしまいます。

大蔵卿局も徳川家にかけあったら、徳川家康は「ワシは今まで、秀頼殿の親代わりとなって守ってきた。豊臣家のとりつぶしなど考えておらん。心配いたすなと伝えてくれ」と全く違う対応をしてしまうのです。

ところが、片桐且元は徳川家から無理難題な要求をつきつけられてしまうので、豊臣家の間では『このような矛盾があるとは、片桐且元は裏切ったのではないか?』と疑心暗鬼に陥ってしまうのです!

『葵 徳川三代 第28回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com大阪城では、真田幸村後藤又兵衛たちは「出撃すべき」と 主張しますが、大野治長たち重臣から「お袋様(淀君)がお認めにならん」と反論してしまい、軍議が紛糾していました。

豊臣秀頼は仕方なく、大野治長の考えを取りますが、真田幸村から「平野口に出丸を作り申す」と勧められて、出丸を作って徳川勢を迎え撃つ事になります。

徳川軍は、続々と大阪城に迫りつつあり、いよいよ『大阪冬の陣』が始まりましたが、真田幸村の活躍により徳川軍は苦しめられてしまうのです。そこで、徳川家康は大筒を放つ事になりますが、勝敗の行方はどうなってしまうのでしょうか?

『葵 徳川三代 第29回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川軍は最新式の大筒を放ち続ける事によって、ついに弾丸が大阪城の本丸を直撃淀君はたまらず、和議を結ぶ事になります。

しかし、徳川軍は「外堀を埋めたら、所領は安堵する」という約束をしていたのに、外堀ではなく総堀(外堀・内堀・二の丸・三の丸)まで取り壊してしまったのです。

徳川は抗議してきた豊臣に「外堀ではなく、総堀だ」と主張して、豊臣方の浪人たちの怒りが噴出!

そして、大阪城で浪人たちが戦いを辞めようとしなかったので、徳川家は豊臣をつぶす口実ができてしまいました。はたして、豊臣の運命はどうなってしまうのでしょうか?

『葵 徳川三代 第30回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com大阪夏の陣は、豊臣秀頼の出馬と共に出陣する手はずでしたが、大野治長たちの反対もあり、最後まで一枚岩になれませんでした。

一部の豊臣軍は決死の突撃を図り、後藤又兵衛・木村村重たちが討ち死にしていく中で、真田幸村軍は猛然と徳川軍の囲みを突破して、徳川家康の本陣に突撃!

目指すものは、徳川家康の首ただ一つ。

徳川軍の旗本たちは蹴散らされていき、あわや徳川家康は討ち死に寸前の所まで追い込まれましたが、態勢を立て直した徳川軍により、ついに真田幸村も討ち死にします。

豊臣方は、千姫を返す代わりに、豊臣秀頼淀君の除名嘆願を願い出ますが、徳川軍は屋敷を囲み、両名を引きずり出そうとするのです!

『葵 徳川三代 第31回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川軍は、ついに豊臣を滅ぼして論功行賞を行いますが、松平忠輝は思ったほどの恩賞を貰えずに、苦虫を潰すような表情を浮かべてしまうのです。

天下統一しても、徳川家康は手を緩める事もなく、武家諸法度禁中並公家諸法度・寺院法度を定めて行き、武家・朝廷・寺社を厳しく監視するようになっていきます。

これにより、徳川家の天下はいよいよ揺るぎないものとなっていきましたが、外に厳しくあたるだけではなく、身内にも厳しく対応しようとしました。その矢面に立ったのが松平忠輝であり、何と!所領を没収までして、勘当してしまうのです。

しかし、徳川家康は奥羽の伊達政宗をつぶそうとするので、息子の秀忠は「豊臣の次は伊達にございますか?」と親子で衝突してしまいます。

これには、お江が「よくぞ、諫言なされました」と上機嫌になりますが、奥羽征伐を止める事はできるのでしょうか?

『葵 徳川三代 第32回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川家康は、徳川秀忠に竹千代を粗略に扱っている噂を問いただしてしまって、事によっては自分の息子を三代将軍にするぞと脅してしまいます。秀忠は「決して粗略に扱っておりませぬ」と頭を低くするのみです。

そんなある日、徳川家康が鯛の天ぷらにあたってしまい、倒れてしまうのです。

一時は、徳川家康の病状は悪くなり、ついに息を引き取ってしまいます。

元和2年、駿府城で、徳川家康薨去してしまいました。はたして、江戸幕府の体制はどうなっていくのでしょうか?

『葵 徳川三代 第33回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川秀忠は、娘のお千に機嫌を直してもらおうと考えて、豊臣の墓を作る事を家臣に命じた上に、お千の要望通りに武家へ嫁ぐ事を認めてあげました。

本多正純は「これはしたり!大御所(徳川家康)の意向で、千姫様が公家に嫁ぐ事は決まっていたのですぞ」と異を唱えますが、徳川秀忠の怒りを買ってしまい、これ以降は、本多正純は遠ざけられてしまい、名実と共に失脚してしまいました。

千姫は自分の要望を聞き届けてくれた秀忠に「ワガママばかりを言って申し訳ありませぬ」と感謝の言葉を述べます。

そんなある日、徳川秀忠は誰に忠誠を尽くすべきか曖昧だった武家諸法度を改めるように、金地院崇伝に命じますが「大御所が他界してから、まだ間も無いので今は変えるべきではございませぬ」とさとされてしまいます。

翌日になり、徳川秀忠は金地院崇伝に恐るべき言葉をかけてしまうのです!

『葵 徳川三代 第34回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com朝廷は、徳川の和子の入内(宮廷へ輿入れ)について、難色を示してしまうので、 徳川秀忠は、頭を悩ませてしまいます。

そうしたら、九条忠栄が「まずは、和子様を女御にしてから入内して、皇后になればようございます」と勧められます。妻 お江の娘婿の公家が勧める言葉もあり、徳川秀忠は、まずは女御にする事に決めました。

さらに、徳川秀忠は九条忠栄と上皇の仲をとりもつ事で約束して「ありがたき幸せ」と感謝されますが、ここまで朝廷に太い関係を持つ事は、徳川家康の時代では考えられない事でした。

ところが、徳川秀忠の隠し子が、妻 お江に発覚してしまって慌てる事になってしまうのです!

『葵 徳川三代 第35回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com竹千代は大奥に忍び込んで、母 お江の侍女に乱暴を働いてしまって、孕ませてしまって、お江は激怒してします。

お福は「将軍様のお世継ぎが、そのような事をする訳がありませぬ」としらばっくれてしまいますが、実は竹千代が乱暴を働いたのは事実だったので『どうしたものか』と頭を悩ませてしまいます。

ところが、伊丹権六(演:矢原将宗)が「私が、若殿の身代わりとなります」と名乗り出て、深夜に般若の仮面をかぶり大奥に侵入していきました。

伊丹権六は、ワザと捕まり磔(はりつけ)にされて処刑されます。これにより、侍女は嘘を付いたという罪を着せられてしまい、一緒に処刑されてしまうのです。

お江は「おのれ、お福め!なぜ、わらわの侍女まで処刑されねばならんのじゃ」と怒り狂ってしまいます。はたして、お江と竹千代の関係はどうなってしまうのでしょうか?

『葵 徳川三代 第36回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com福島正則は、広島城を改築する許可を本多正純から貰っていたにも関わらず、時の実権は土井利勝酒井忠世たちに移っていたので、その願いは握りつぶされてしまいました。

しかも、幕府は改築した部分を棄却するように命じてきたので、福島正則はこれを不満に想って、一部の本丸だけを棄却したに過ぎませんでした。幕府は反抗的な福島正則の所領を没収して、他の大名たちの見せしめとしてしまいます。

さらに徳川秀忠は、紀州の一部の大名を広島へ転封して、徳川義直には紀州と伊勢を合わせた55万5000石を与える事を言い渡して、上方にも徳川方の勢力を伸ばしていくのです。

しかし、朝廷は幕府に嘘ばかり付いている事が分かり、関白を排除しようとするのです!

『葵 徳川三代 第37回』のストーリー 

www.akira-movies-drama.com徳川秀忠は、朝廷で娘の和子が大事にされている事を知って、胸をなでおろしました。さらに、関ヶ原の合戦では徳川に反抗していた立花宗茂と謁見しますが、今までの罪を許した上に、所領まで与えて、頭を深々と下げて感謝されます。

二代将軍の治世は問題がないように見えましたが、越前の北ノ庄では、藩主の松平忠直が、家臣 永見右衛門佐の母を所望しようとしていたのです。

永見右衛門佐は母を差し出す事を断ってしまうので、松平忠直は300の軍勢を差し向けてしまって、永見右衛門佐や母たちを自害に追いこんでしまいます。

徳川秀忠は激怒して、松平忠直に江戸へ参勤してくるように命じますが、代わりに松平忠直の妻 勝姫と嫡男 仙千代が、参勤してきます。

はたして、松平忠直の運命はどうなってしまうのでしょうか?

『葵 徳川三代 第38回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川秀忠は、宇都宮城に入る所でしたが、側近から「宇都宮城本多正純に不穏な動き、これあり」と知らされて、入城は断念します。

重臣藤堂高虎は「信じられぬ」と否定的でしたが、土井利勝は「ここは慎重に動かれたほうがようございます」と勧められて、重臣たちの間で意見が割れてしまうのです。

そんな時に、出羽の最上家でお家騒動が起きてしまい、徳川秀忠は激怒して「出羽の領地は取り上げて改易にせい!他の大名たちの見せしめにせよ」と言い渡してしまいます。

幕府の取り締まりが厳しくなる一方なのに、松平忠直江戸城へ向かわないばかりか、乱行の限りを尽くしていました。その知らせを聞いた徳川秀忠は、ついに堪忍袋の緒が切れてしまったのです!

『葵 徳川三代 第39回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川秀忠は、問題の多い松平忠直流罪と決めますが、意外にも娘の勝姫は『仕方がない』と諦めの境地に至っていました。

さらに、徳川秀忠は家臣たちに「わしは家督を家光に譲って隠居する。しかし、家光が成長するまでは後見人として補佐する」と言い渡しますが、いつまで経っても徳川家光は金魚ばかりを眺める日々を送ってしまいます。

そして、皇后となった娘の和子が懐妊して、徳川秀忠は大喜びしますが、経験の浅い徳川家光が将軍を務められるのか?周囲の者たちは心配してしまうのです!

『葵 徳川三代 第40回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川家光は将軍となったら、いきなり傅役の青山忠俊を罷免してしまいます。今まで、自分を厳しく養育してきたので、その恨みを晴らしてしまうのです。

大御所の徳川秀忠は、同情してしまいますが、青山忠俊は「あの女狐(お福)め!」と吐き捨てて、歴史の表舞台から消えていきます。

京都から鷹司孝子が、徳川家光の許嫁として嫁いできますが、公家嫌いの徳川家光は大奥へ行こうともしません。

そして、徳川家光は「ワシは大権現(家康)や大御所でさえ出来なかったを成し遂げたい」と言い出して、天子を江戸に巡幸させようと画策します。

途方も無い考えでしたが、上手くいくのでしょうか?

『葵 徳川三代 第41回』のストーリー 

www.akira-movies-drama.com徳川秀忠は、息子の家光が天子を江戸へ巡幸させようとしている事について懸念しますが、徳川家光は考えを改めようともしなくて、朝廷と幕府の間に波風が立ってしまうのです。

次第に三代将軍はイラついてきましたが、武家伝奏の中院通村から「その儀は承服しかねる。将軍は朝廷の家臣でござる」と言い放たれてしまって、目を見開き『おのれぇ』と腑(はらわた)が煮えくりかえる思いでした。

朝廷との間がうまくいかない中で、徳川家光は自分の弟が他にもいる事が分かり、大御所を説得して、親子二人で、徳川秀忠の隠し子 幸松(保科正之)と対面します。

はたして、親子の対面は上手くいくのでしょうか?

『葵 徳川三代 第42回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川秀忠伊達政宗たちは、天子の江戸巡幸は無理であろうと考えて、その代わりに二条城へ巡幸させる事を画策します。徳川家光も『二条城であれば、徳川の城なので面目が立つ』と考えてか?二条城巡幸で納得するのです。

ところが、お江は重病に陥ってしまって、お福は「今まで、苦労が多くあり、さらにお福が無礼を働いた事もあり、申し訳ありませんでした」と謝られて、お江はその言葉を聞いて、少しだけ微笑みます。

それまで、朝廷は二条城巡幸でさえ渋っていましたが、徳川秀忠が朝廷へ圧力を強めて、ついに後水尾天皇は二条城巡幸を決断するのです!

『葵 徳川三代 第43回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川秀忠は、お江が危篤と知らされても、天子の二条城巡幸の準備をしなくてはいけませんでした。そのため、徳川家光も母のもとへ駆けつける事ができず、その弟の忠長だけが母のもとへ駆けつける事になりました。

夜中になり徳川秀忠が眠っていたら、いつの間にか、お江が「殿」と呼びかけてきたので、いつの間に戻ってきたのかと困惑してしまいます。

お江を抱き寄せたら、その体はあまりにも冷たくなっていて「体が冷たい、医師を呼ばねば」と語りかけますが「どうか……このままで」と言いながら、お江は消えていきました。

はたして、徳川秀忠が見たものは、何だったのでしょうか?

 

『葵 徳川三代 第44回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川秀忠は、娘の和子が皇子を産んだという知らせを聞いて、大喜びしますが、武家伝奏たちが江戸城徳川家光に「天皇が譲位する事になりました」と言ってきたのです。これには、さすがの徳川家光も驚いてしまい、徳川い秀忠はすぐに朝廷の動きを探ろうとします。

さらに、武家伝奏に「譲位する事は承諾した」と言ってしまい、朝廷を慌てさせてしまいます。なぜなら、朝廷は譲位とほのめかして、江戸幕府から譲歩案を引き出そうとしたからです。

徳川秀忠は朝廷の締め付けを強めていき、紫衣勅許を全て取り消して、朝廷は謝罪する事になったのです!

『葵 徳川三代 第45回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com1628年、高仁親王薨去してしまい、徳川秀忠は「忙殺ではあるまいの」と疑念を抱きますが、後水尾天皇は「私は女一ノ宮(和子との間に生まれた皇女)に譲位する。幕府に痛くもない腹は探られたくない」と言い放ち、再び幕府と朝廷は衝突します。

江戸城では、徳川秀忠は疱瘡(ほうそう:天然痘)によって寝込んでしまうのです。

しかし、徳川家光は何とか回復に向かって、武家伝奏から「回復に向かわれて、おめでとうございます」と言われますが、しつこくも「天子様は重病にて、女一ノ宮に譲位する」と言ってきたので『またか』と辟易(へきえき)としてしまいます。

ところが、京都所司代から「和子様、懐妊」という知らせが届き、朝廷が嘘を付いていた事が判明してしまいます。はたして、朝廷と幕府の衝突は、終わる事はないのでしょうか?

『葵 徳川三代 第46回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com1629年、後水尾天皇は幕府に何も言わないままで、女一ノ宮に上位を決断してしまいましたが、徳川秀忠は黙殺する事にしました。

京極忠高の正室 初姫(徳川家康の娘)は亡くなってしまいましたが、京極忠高がその時、相撲見聞していた事が分かり、徳川秀忠は大いに怒り、蟄居を命じてしまいます。

江戸城では、徳川家光が、思い上がる弟の忠長に「ワシに何かあれば、尾張または紀州の者が将軍になる。そのため、お主が将軍になる事はない。思い上がるな」と言い放ち、同じ兄弟であっても、いつまで経っても分かり合えないでいました。

後水尾天皇は譲位して、女一ノ宮が明正天皇となりましたが、徳川秀忠は、和子が懐妊していると知っていたので、明正天皇はあくまでも皇子が生まれるまでの引き継ぎの天皇としか思っていなかったのです!

『葵 徳川三代 第47回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川家光は、弟の忠長の行いがあまりにも悪すぎたので、傅役を他家に預ける事を決定した上に登城の禁止を命じますが、「兄上は、私から、傅役まで奪うのか」と憤慨してしまいます。

徳川秀忠は、家光に「なんとか、忠長を許してやれぬか」と言いますが、首を縦に振ってくれないので、春日局にも頼み込みますが、いかんともしがたく病状が重くなっていくのです。

寝込んでしまい、病は重くなる一方でしたが、見舞いに来てくれた娘たちに「家光に、忠長を赦免してくれるように頼んでくれまいか。お江のためにも」と頼む込みますが忠長はどうなってしまうのでしょうか?

『葵 徳川三代 第48回』のストーリー 

www.akira-movies-drama.com徳川秀忠の病は重くなる一方だったので、徳川義直徳川頼宣徳川頼房たちが揃って、見舞いにきたので、遺言として「朝廷を尊ぶ事と、3代家光を支えるように」と頼み込みます。

やがて、徳川家光も父の見舞いへ訪れますが「ワシの遺骸は増上寺に葬ってくれ」と言い残して、今は亡き妻のお江が眠る寺で、死後を送る事を望むのです。

寛永9年、ついに、二代目将軍 徳川秀忠が亡くなってしまいました。地味な将軍と思われがちでしたが、偉大な父の跡を見事に引き継いだ二代目の業績は、大きなものがありました。

はたして、徳川家光は、大御所(秀忠)のいない状況で、どのような治世を築き上げていくのでしょうか?

『葵 徳川三代 第49回』のストーリー

www.akira-movies-drama.com徳川家光は、弟の忠長がいつまでも所業を改めようとしないので、ついに全ての所領を没収して、流罪を言い渡します。

これに絶望した徳川忠長は「そうか……兄上は、そこまでワシを恨んでいるのか。遅く生まれてきたのが、この忠長の不運じゃ」と無念の言葉を吐き捨てて、流罪の地で自害して果てました。

骨肉の争いを終わらせた後は、朝廷と融和の道を探ります。これは、初代家康・二代秀忠の締め付けから、大きく転換する策であり、上皇や公家たちは大喜びします。

さらに、お欄が側室となって若君を産み、ついに後継ができて、重臣たちが「千秋万歳(せんしゅうばんせい)!」と祝います。

徳川家康徳川秀忠徳川家光による三代の治世によって、江戸幕府は絶頂期を迎えて、世界史でも例を見ないほどの太平の世『パクス・トクガワーナ(徳川の平和)』と海外からも絶賛されるようになっていくのです!

『葵 徳川三代』シリーズの全話の見所

葵 徳川三代というタイトルになっていますが、主人公はほぼ徳川秀忠という感じがしますね。第1〜48話まで秀忠が登場して、その存在感がいかに貴重なものか?よく分かるシリーズになっていました。

徳川家康の幼少期からの戦いが見られなかったのは残念ですが、徳川秀忠の治世がよく見られたので『あまり徳川秀忠は知らないなぁ』と思う方には是非とも見て欲しい大河ドラマですね。

そして、関ヶ原の合戦では多くの時間と労力を費やした事は、最近の大河ドラマでは無かった所なので、関ヶ原を全く描かなかった『真田丸』は猛省して欲しい所です。

大河ドラマ『葵 徳川三代』は、動画配信『U-NEXT 』に入会すれば見る事ができます(月額は税別価格1990円)。

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