大岡弥四郎(毎熊克哉)が裏切ったの理由は民のため!大河ドラマ『どうする家康 第19話』

引用:https://www.nhk.or.jp/ieyasu/

大河ドラマ『どうする家康』で、大岡弥四郎(毎熊克哉)が、徳川家を裏切るのは、民のためという説があるので、その理由について詳しく紹介します。

大河ドラマ 『どうする家康』のキャスト

どうする家康に登場する人物や俳優たちは、以下の通りです。

松平家(のちの徳川家)

織田家

武田家

その他

大河ドラマ『どうする家康 第19話』のストーリー

武田信玄は、顔がやつれた状態になってしまい「これまでか……」と、つぶやくと、息子の勝頼からは「父上の意思は、必ずや、この四郎が」

「それはいかん、ワシの真似などするな、そなたは、私を超える器じゃ」「そのような事は」「このワシが言うのじゃ、信じよ」

それから、武田軍は引き上げていき、石川数正は「さすがの信玄も、病には勝てなかったか」と感慨深く言うと、本多忠勝は「殿、この機を逃してはならませぬ。奪われた領地を取り戻すのです」

徳川家康は「すぐに内偵を出して調べよ」と命じて、まずは武田の動きをつかもうとします。

武田信玄の死の知らせは、全国を駆け巡り、織田信長足利義昭を追放すると「猿、次は長政(浅井長政)の番じゃ」刀を渡すと、あっという間に浅井家は滅び、お市の方と、3人の娘は織田家に身を寄せる事になりました。

そんな時に、徳川家康は、自分の身を世話する、お万に手を出してしまい、身ごもらせてしまいます。

瀬名は、信康や、五徳から「変な虫がつかないうちに、父上の所へ行ってみては、いかがですか?」と勧められていましたが、時すでに遅く、すでに他の女に手をつけていたと聞いて愕然としました。

瀬名は、家康を責めてしまいますが、まだまだ息子の事が心配になり、三河へ戻ろうとしますが、武田勝頼三河に攻めようと動き出していたのです!

『大岡弥四郎(毎熊克哉)が裏切ったの理由』

大岡弥四郎(毎熊克哉)は、徳川の家臣でありながら、武田に裏切ろうとして、徳川家康の命によって、処刑されました。

なぜ、このような事をしたのか?それは、徳川より武田が勝つと見込んで、立身出世のためと言われていますが、それ以外にも理由があります。

それは、武田のほうが強いので、強い君主に従ったほうが、民が幸せに暮らせると考えたと言われています。

しかし、民からは「こいつは、頭がおかしい。自分たちの地元の主君が強くなければ、以前のように、他家の言いなりになり、ひどい目にあう」と主張されて、のこぎりで首をつぎつぎにひかれて殺されたのです。

大岡弥四郎は、才覚があると思われて、出世していきますが、それが自分の力だと過信をして、ほかの家臣たちと軋轢(あつれき)を生んだので自業自得な所はあります。

それでも、彼なりに民のためを思って行動したと主張する説もあるので、その評価は少し難しい所です。

大河ドラマ 『どうする家康 第19話』のまとめ

次回は、いよいよ大岡弥四郎(毎熊克哉)が登場するので、いよいよ瀬名たちが処刑される日も近いですね。

その時、家康はどうするのか?まさにタイトル通り、厳し決断を迫られるでしょう。