御成敗式目が登場するまで武士が争った訳を解説!大河ドラマ『鎌倉殿の13人 第48話』

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引用:https://www.amazon.co.jp

大河ドラマ『鎌倉殿の13人 第48話』で、北条泰時御成敗式目を作りますが、それまで、なぜ坂東武者たちが争ってしまったのか?解説します。

大河ドラマ『鎌倉殿の13人 第48話』のキャスト

鎌倉殿の13人の登場人物や俳優さんたちは、以下の通りです。

北条家

源氏勢力

その他

朝廷

大河ドラマ『鎌倉殿の13人 第48話』のストーリー

鎌倉では、坂東で迎えつのではなく、こちらから京の都に攻め込む事を決断して、北条泰時が出撃をして、最初は20騎にも及ばなかったのが、1万を超えていきました。

京の都では、北条の軍が19万にも膨れ上がっていると知って、あわてふためきますが、完膚なきまでに叩きのめされて、後鳥羽上皇隠岐島流しとなってしまいました。

ところが、北条義時は次第に病状が悪くなっていき、北条一族は心配になってしまいます。

そんな時に、西のほうでは、再び不穏な動きが出てきたので、北条義時は討伐軍を送ろうとしますが、息子の北条泰時から「今度は幼帝まで殺す気ですか?父上の考えは古すぎます」と反発されてしまいます。

北条義時は「いまいましい息子だ」とつぶやきますが、具合が悪くなったのは、妻のえが毒を盛っていた事を見抜き「二度と私の前に姿を表すな、出ていけ!」

のえは「えぇ、私の息子が後継にになれないなら、出ていきますとも。そうそう、私に毒をくれたのは、あなたの無二の盟友の三浦義村よ」と言われて、呆然としてしまいます。

しかし、北条義時は、三浦義村の罪を許してやる代わりに「太郎(北条泰時)の事は、頼んだぞ」と託すと「…分かった、北条は三浦が支える」

北条泰時は、武士たちによる国づくりを目指して、凄惨な争いが起きないように『御成敗式目』を作ろうと思い立ちます。

北条義時は、自分の息子の手を汚させないために、幼帝を殺害しようとしますが、北条政子は「そんな事をしなくても、あなたと、八重さんの子である泰時であれば、新しい鎌倉を作ってくれます」

そう言って、北条義時の病状が悪くなっても、薬を与えずに、ついに北条義時は逝去。これから600年以上も続く武士の世を作った巨星がついに堕ちたのです。

御成敗式目が登場するまで武士が争った訳』

引用:https://www.nhk.or.jp/kamakura13/story/48.html

北条泰時による『御成敗式目』は、江戸幕府にも大きな影響を与えて、武士の法律とも言えるものでした。

それ以前に、律令制というものがありましたが、武士には難しすぎるという事もあり、新しい時代にそぐわない事もあって、ほぼ機能しなくなっていました。

そのため、北条義時は血で血を洗う争いをする羽目になってしまったので、北条泰時は武士にも分かる『御成敗式目』と作った訳です。

この御成敗式目により、北条義時の時代のような粛清が、北条泰時の代では起きず、その後の武士の世に大きな影響を与えた事もあって、北条泰時は名執権として今も語り継がれています。

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大河ドラマ『鎌倉殿の13人 第48話』の見所とまとめ

第48話では、北条泰時御成敗式目を作りましたが、北条義時は少し悲しい終わり方でしたね。

次の大河ドラマ徳川家康(演:松本潤)が、吾妻鑑を読むシーンが出たのは驚きましたが、それ以上に印象深かったのが、北条政子の「あの子(北条泰時)は、あなたに似ている」という言葉でした。

恐らく、北条義時の若い頃に似ているのに、なんで、こうなってしまったのと言いたかったのでしょう。

北条家の成り立ちや、その後の事を考えると、法の制定というのは地味なイメージがあるかもしれませんが、国家を発展させるために凄く重要な事が分かりますね。