呪詛の方法や防ぐ内容を解説!大河ドラマ『鎌倉殿の13人 第24話』

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大河ドラマ『鎌倉殿の13人 第24話』では、源範頼が呪詛をしたと疑われてしまうので、どのような呪詛があるのか詳しく紹介しましょう。

大河ドラマ『鎌倉殿の13人 第24話』のキャスト

鎌倉殿の13人の登場人物や俳優さんたちは、以下の通りです。

北条家

源氏勢力

その他

朝廷

大河ドラマ『鎌倉殿の13人 第24話』のストーリー

源範頼は、富士の巻狩りで頼朝が絶命したかもしれないという噂を鵜呑みにしてしまって、朝廷工作までしかけて、自分が鎌倉殿になって混乱を納めようとしました。

しかし、源頼朝が生きていた事によって、逆に源範頼は謀反を疑われてしまい、源頼朝は「範頼を連れて参れ」と命じてしまいます。

元をただせば、比企家がたきつけた事でしたが、源範頼は『比企家を巻き添えにできぬ』と思ってしまって、比企家の事は何も言わず「こたびの事は、鎌倉を守ろうと思ったのです、どうぞお許し下さい」と頭を下げます。

しかし、起請文には『源範頼』と書いていて、大江広元は「源と書いて良いのは、鎌倉殿と、そのご子息だけ」と詰め寄り、源頼朝は「何か言う事はないか?私を説き伏せてみよ」と言い放つと「もう結構でございます」と釈明をしなくなりました。

源頼朝は、弟の範頼まで処罰しようとするので、乳母の比企尼から「お前は、いつから、そんな冷たい人間になったのです」と頬を叩かれてしまいます。

やがて、源範頼は死罪だけはまぬがれて、この件は一応の決着がつきました。源頼朝は、朝廷工作を進めて、いよいよ大姫が朝廷を入内する事になりますが、丹後局から手厳しい事を言われてしまって、屈辱にさいなまれてしまいました。

大姫は京の都から抜け出してしまい、北条政子は「姫は悪くない、そもそも入内に無理があったのよ」と嘆き、北条義時も「はい」と思わず、うなずいてしまいます。

やがて、大姫は病になり寝込んでしまい、わずか20歳で生涯を閉じてしまいました。源頼朝は「誰かが、呪詛をしたに違いない、やはり生かしておくべきではなかった」と怒りの形相に変わり、ついに弟の範頼を殺害してしまいました。

はたして、源氏の行く末はどうなってしまうのでしょうか?

『呪詛の方法や呪詛返し』

源頼朝は、娘が亡くなったのは、左遷した範頼が呪詛をしたせいと決めつけていましたが、この当時の呪詛としては、有名な『藁人形』から、お経のようなものを唱え続けるものまであります。

しかし、この呪詛は命がけの行為であり、失敗したたら自分自身が呪われてしまいます。

参照元https://www.accespourtous.org/spiritual/e311.html

呪詛を防ぐ方法としては『呪詛返し』というものがり、呪いをかけようとした者に呪いを返す行為がありますが、これはかなりの熟練者でなければできません。

古来より、呪いは多くあって、逆賊として討ち取られた『平将門』や、無実の罪をきせられてしまった『崇徳天皇』などがいました。

日本では、やはり藁人形ばかりが有名なので、それ以外の呪詛に関しては、あまり詳しい事は分かっていません。もしかしたら、多くの方たちが知ったら、大変な事になるから、門外不出になったのかもしれませんね。

大河ドラマ『鎌倉殿の13人 第24話』の見所とまとめ

第24話でも源頼朝は、本当にどうしようもない奴だな』と思ってしまう内容でした。かつて、弟の処罰に悩んだ足利尊氏や、身内や家臣に対して寛大な徳川家康とは大違いです。

その器の違いが、3つの幕府で大きな違いが生まれてしまって、鎌倉幕府の源氏は三代しか続かなかったのでしょう。

大姫は可哀想でしたが、頼朝こそ呪詛をかけられたら良かったのにと思ってしまうばかりです。